登壇者インタビュー

原田 俊光 氏
ダイキン工業株式会社
サステナビリティ推進室 室長
原田 俊光 氏 に聞く

事業と社会課題の相乗効果で拓く未来の空調ビジネス

聞き手:伊藤 公一(ジャーナリスト)
原田 俊光 氏
ダイキン工業株式会社
サステナビリティ推進室 室長
1987年 ダイキン工業株式会社入社
2015年 空調生産本部 副本部長
2018年 ダイキンインダストリーズタイランド社 取締役副社長
2021年 ダイキンマレーシア 取締役副社長
2026年 サステナビリティ推進室 室長

1.年々強まる、社会環境の変化と事業との結びつき

――今回の標題は「空調の『脱炭素』が世界のスタンダードを変える」ですが、その背景をお聞かせください。
原田:弊社の事業は空調が中心で、専門メーカーとして「いかに省エネ技術や省エネを重視した商品を開発し、使っていただくか」や、弊社の柱であるヒートポンプ技術で「空気から熱を奪って冷暖房や給湯に活かす範囲をいかに広げていくか」ということに注力してきました。

その意味では、何かがきっかけとなって、急激に意識が変換したというよりは、事業活動と環境・社会問題、そして社会から要請されるものが相乗効果で結びつき、時代とともにどんどん強まっていったという印象を持っています。
――「結びつき」を踏まえたうえで、特に印象に残るご経験はありますか。
原田:具体的には、2003年にヨーロッパで深刻な熱波が発生し、熱中症で多くの方が亡くなるという出来事がありました。これを機に、それまで地中海沿岸の南部を中心に普及していたエアコンはヨーロッパの中部や北部へと展開し、これを機にエアコンは大きく普及しました。一方でヨーロッパは環境問題において非常に先進的で、2009年ごろには「再生可能エネルギー比率を20%に引き上げる」「温室効果ガス(GHG)排出量を20%削減する」「機器の効率を20%上げる」といった高い目標が掲げられました。

そうした流れの中で、エアコンは大きな環境課題になりました。そこで冷房だけでなく暖房にも焦点をあてて、われわれのヒートポンプ技術を「再生可能エネルギー」として認めていただくためのアドボカシー(政策提言・普及促進活動)を行い、インセンティブ(優遇措置)をつけていただくといった活動を展開してきました。直近でも、ウクライナ情勢に伴うガスの供給問題を受けたヨーロッパで、政策的にヒートポンプ普及のための補助金が出されるなど、社会環境の変化とわれわれの事業との結びつきは年々強まっていると感じています。

2.ライフサイクル排出量の98%を占める「使用時」の壁

原田 俊光  氏
――空調事業では、製品のライフサイクル全体の排出量のうち、約98%がお客さまの製品使用段階(スコープ3)で発生するという実態があるそうですね。
原田:ご指摘の通り、お客さまがエアコンを運転されている際の電気代(発電に伴うGHG排出)が非常に大きなウェイトを占めています。

ご存じのように、エアコンには熱を移動させるための「冷媒」が入っています。冷媒が気化・液化を繰り返すことで熱を吸収・放出するのですが、従来の冷媒には地球温暖化係数(GWP)が高いものが多く含まれています。

これが適切に回収されずに大気中へ放出されてしまうと、温室効果に非常に大きな影響を与えてしまいます。したがって、電気代(使用時の電力消費)と冷媒、そして製品処理に関わる部分を合わせると、全体の排出量の約98%を占めるという構造になるのです。
――スコープ3の削減には会社としてどのような取り組みをしているのですか。
原田:大きな3つの柱を立てています。1つ目は、電気代をいかに下げるかというアプローチで、ここで核心となるのが「インバーター技術」です。部屋の熱負荷に応じて冷媒の循環量を自在に変化させ、必要な能力を確保しながら無駄な電気代を抑える技術です。この優れた省エネインバーター商品を世界中で拡販していくことが第1のポイントです。

2つ目は、特にヨーロッパなどで広く普及している「ガス燃焼による温水暖房」を、ヒートポンプ技術を用いた電気駆動の暖房へ転換(燃料化からヒートポンプ化へのシフト)し、GHG排出量を根本から抑えていくことです。

そして3つ目が、温暖化係数の高い冷媒から、より係数の低い冷媒(低GWP冷媒)へ開発・置き換えを行っていくことです。弊社には空調事業だけでなく化学事業部門もあるので、自社で冷媒の開発・販売を手がける強みを活かし、低GWP冷媒を世界へ広めています。この3つの柱が、事業活動と環境問題の解決に直結する具体的な取り組みとなっています。

3.市場と制度を巻き込むアドボカシーの重要性

――省エネインバーター、ヒートポンプ化、低GWP冷媒への転換という取り組みは非常に合理的ですが、それらを推進する上で苦労したのはどのようなことですか。また、それをどのように克服されたのでしょうか。
原田:一般的に「良い技術や良い商品が、必ずしもそのまま市場で売れるとは限らない」と言われますが、われわれもまさにその壁に直面しました。消費者の心理として「価格が高くても省エネで付加価値が高い商品」を誰もが素直に選んでくださるわけではありません。どうしても「お手頃な価格で、そこそこの機能を果たす商品」が選ばれがちです。だからこそ、われわれの技術や省エネ性能が正しく評価され、あるいは国策や制度として選んでいただけるような「道筋」をしっかり作ることが極めて重要になります。

例えば日本には、家電製品などの省エネ基準を順次引き上げていく「トップランナー制度」があり、これが製品全体の省エネ水準を底上げしています。われわれはこの考え方を世界各地域へ広げていく必要があると考え、各国の政府機関や業界団体へ積極的にアプローチを行ってきました。

その際、単に自社の試験室で取ったデータを提示するだけではなく、現地の実際の環境下で運転してもらい、リアルなエビデンス(証拠データ)を共有して納得していただくプロセスを重視しました。その上で、一定の水準を満たさない製品は販売できない仕組みを作ったり、省エネ性能に応じた「ラベリング制度」を導入して消費者が分かりやすく選択できるようにしたりと、現地に即した制度づくりを働きかけていきました。一企業が製品を開発して売るだけでなく、現地政府や業界団体とパートナーシップを組み、共にルールや制度を構築していくことこそが、最大の克服策だったと感じています。

4. サステナビリティ推進室が実践する「内」と「外」の動かし方

――会社全体の取り組みとは別に、サステナビリティ推進室という立場から、社内の巻き込みや社外との交渉において具体的にどのようなアプローチを行ってこられたのでしょうか。
原田 俊光  氏
原田:まず社内を動かすという点ですが、実際に商品を開発し、製造し、販売やメンテナンスを担っているのは現場の「事業部」です。事業部の人たちに心から理解し、納得してもらわなければ、どのような環境施策も前には進みません。

われわれコーポレート部門が上から方針や依頼文書を発行して「これをお願いします」と投げるだけでは駄目なのです。このため、われわれ自身が事業部の現場に入り込み、彼らが今何に困っているのかを聞き、こちらの考え方を直接対話で伝えながら、現場に寄り添って共に戦略を作り上げていく姿勢を大切にしています。

一方、社外での活動においては、行政や各業界団体の方々と強い「信頼関係」を築くことがすべてだと感じています。こちらも「これをお願いしたい」と要望を伝えるだけではなく、現地の方々が抱える疑問や困りごとに対して、われわれができる限りのデータ提供や技術サポートを徹底して行います。「ギブ・アンド・テイク」の姿勢で地道に人脈と信頼を構築していくことこそが、最終的に大きな成果や制度変更へと結びつく近道だと確信しています。

5. 20年続くグローバル対話と信頼構築の歴史

――身内である事業部に納得してもらい、社外から高い信頼を得るために、何か特別な手立てを講じたり「魔法の言葉」を用いたりすることはあったのでしょうか。
原田:「これさえ言えばうまくいった」という魔法の言葉は、残念ながら思い浮かびません。やはり、泥臭く「時間をかけて継続すること」に尽きると実感しています。

先ほどスコープ3の話をしましたが、弊社では工場の生産活動におけるスコープ1、スコープ2についても「2030年実質ゼロ」という高い目標を掲げて取り組んでいます。この目標に向けて、弊社では世界を「日本」「中国」「ヨーロッパ」「アジア・オセアニア」「米国」の5つの地域に分け、地域ごとに毎年1回「環境会議」を開催しています。
――サステナビリティ推進室の立ち位置というか、役割はどのようなものですか。
原田:推進室のメンバーが実際に現地の工場へ赴き、一緒に現場を回りながら課題を聞き、われわれの知見を伝えていくという取り組みを、もう20年近く愚直に続けています。直接顔を合わせ(フェイス・トゥ・フェイス)、何を言っても安全であるという雰囲気を作りながら、互いの思いを本音でぶつけ合う場面を長く維持してきました。

工場の生産活動だけでなく、社会へのアドボカシー活動に関しても、年に1回、世界中のキーマンに日本へ集まってもらい、3日間にわたって徹底的にディスカッションを行う場を設けています。各地域の成功事例を共有し、良い取り組みは横へ水平展開していく。このようにコミュニケーションの場を頻繁に作り、妥協せずに長く継続し続けること。この地道な活動の蓄積こそが、魔法に代わる唯一の力だったのではないかと思います。

6. 市場の土台作りで手を取り合い、商品で切磋琢磨する

――環境対応や市場拡大にあたっては、時に競合他社とも協力をする「協業」が必要になる場合があります。競争相手と協力し合うのは容易ではないと思いますが、どのように折り合いをつけていらっしゃるのでしょうか。
原田:日本国内の空調市場はすでに成熟しており、各メーカーが自社の独自技術やサービスで差別化を図り、激しい競争を行っています。しかし、世界に目を向けると、まだ空調市場として十分に整備されていない国や地域が数多く存在します。

そうした地域では、エアコンを正しく設置できる施工技術者の教育体制が整っていなかったり、省エネ性能を示すラベリング制度や国際規格、法整備などの社会的インフラが未整備だったりします。基盤がない状態では、いくら良い製品を持っていっても市場全体に広がりません。

したがって、われわれは「空調を安全かつ省エネに使っていただくためのインフラ整備やルール・規格づくり」という土台固めの領域においては、競合他社の方々とも手を取り合って一緒に市場を作っていく、という考え方を徹底しています。

そして、社会的なインフラやルールの土台がしっかりと出来上がった後に、各社のオリジナリティや商品力、サービス力で正々堂々と競争する。この「土台作りは協調、市場展開は競争」という明確な切り分けが、折り合いをつける鍵となっています。

7. 「地産地消」の権限委譲と「ワンフェイス・ワンボイス」の哲学

――海外では地域によって環境規制の速度や方向性が大きく異なります。本社の思い通りに進まない場面も多いかと思いますが、どのような推進体制で挑まれているのでしょうか。
原田 俊光  氏
原田:仰る通り、地域によって時間軸や直面している課題は全く異なります。そのため、本社が主導して「一つのやり方・方針」を上から一律に押し付けても絶対に機能しません。

われわれが大切にしているのは「社外に対する最終的なゴールやメッセージは全社で一貫させる(ワンフェイス・ワンボイス)」ということです。その上で、具体的なアプローチ方法は現地に大幅に任せる(権限委譲する)という方針をとっています。現地の歴史、文化、習慣、そして人間関係や情報量は、現地で働く人たちが圧倒的に把握しているからです。
――ある意味で「地産地消」の経営思想とも言えますね。
原田:その通りです。弊社の基本的な考え方でもあります。ですから、先ほど申し上げた世界の5つの拠点それぞれが開発拠点や工場を持ち、現地で販売するものは現地で生産し、現地の人々が自らサービスまで完結させる体制を整えています。

コーポレート側は「最終的に目指すべきベクトル」を明確に示し、具体的な手段は現地の発想と判断に任せる。そして年に1回、本部に集まってそのベクトルのズレを補正する。この信頼と権限委譲のバランスこそが、グローバル展開を推進する原動力です。

現在、インバーター製品の普及や低GWP冷媒への転換といった取り組みは全世界で進んでおり、全体の8割から9割ほどのレベルまで浸透してきたという手応えを得ています。しかし、これで終わりではありません。次世代の冷媒開発や、冷媒・製品を漏らさず回収して再利用する「サーキュラーエコノミー(循環型経済)」の仕組みづくりなど、社会全体を巻き込んだ新たな課題への挑戦は、まさにこれからが本番だと考えています。

8. 業界での軋轢と、信念が生んだ国際規格の突破

――これまで数多くの推進業務に携わってこられた中で、スムーズに行ったことばかりではなかったと思います。失敗や反省点を乗り越えたエピソードがあればお聞かせいただけますか。
原田:現在、世界の空調で主流となりつつある「R32」という冷媒の普及にまつわるエピソードがあります。この冷媒は、従来使用されていた冷媒(GWP2100)に比べて地球温暖化係数が約3分の1(GWP650)と非常に低く、性能も優れている画期的なものでした。

しかし、若干の微燃性(わずかに燃える性質)を持っていたため、安全に広く普及させるには国際規格や国内の安全基準・カテゴリーを変更する必要がありました。われわれは業界団体を通じてリスクアセスメントやPRを行い、日本から世界へ展開しようと準備を進めていました。

ところが「一刻も早くこの優れた環境製品を世に出したい」という社内の強い情熱が先行するあまり、業界全体の最終レポートがまとまる前に、弊社単独で製品化・発売を決定してしまったのです。これに対して業界の他社様からは「なぜ勝手な行動をとるのか」「抜け駆けではないか」と厳しい批判やバッシングをいただき、業界内の関係性が非常に緊迫した時期がありました。
――国際的な舞台でも、好むと好まざるとにかかわらず、厳しい経験をされているのでしょうね。
原田:例えば、国際規格を変更するための第1回目の国際投票では、他国からの反対票が多く否決されてしまいました。しかし、われわれは「この冷媒は地球環境にとって間違いなく良いものであり、誰かがリスクをとって先頭を切らなければ世の中に普及しない」という強い信念を持っていました。

そこで半年後の再投票に向け、世界各国のキーパーソンを一人一人訪ねて泥臭く対話を重ね、技術的安全性と環境への貢献度を納得していただけるよう汗をかきました。その結果、2回目の投票で見事賛成多数となり、国際規格の改定を通過させることができました。

「本当に良い製品であっても、ただ待っているだけでは普及しない。強い想いを持って汗をかき、時には摩擦を恐れずに進まなければならない」ということを学んだ、忘れられない教訓となっています。

9. 攻めのGXに向けて経営陣とサステナビリティ部門が持つべき覚悟

――グリーントランスフォーメーション(GX)を企業の成長戦略の柱へと本格シフトさせるために、これからの日本企業の経営陣やサステナビリティ部門に必要な覚悟について、メッセージをお願いします。
原田:他社の経営者の方々に偉そうなことを言える立場ではありませんが、私自身が日頃から肝に銘じている視点でお話しさせていただきます。

これまでの環境対応は「規制ができたから」「外部からの情報開示要求や評価があるから」といった、後追い型の「守りの姿勢」が多かった側面があると思います。しかし、これからは、ルールや規格そのものを自ら作り出し、自社の優位性を確保しながら社会課題を解決していくという「攻めの視点」での将来の仕込みが不可欠です。

そして、最も重要なのは「環境対応やGXの取り組みを、いかに自社の事業成果(売上高や利益)へ結びつけるストーリーを描けるか」ということです。「環境に良い取り組みだね」と対外的に評価されて終わるだけでは、ビジネスとして持続していきません。
――事業部門の視点はどうしても目先の単年度や短期的な目標に集中しがちですからね。
原田 俊光  氏
原田:それ自体は企業を維持するために非常に重要なことですが、だからこそわれわれサステナビリティ部門が足元から一歩離れて「3年後、5年後、10年後にどうあるべきか」という長期的な視点を持たなければなりません。

事業部と議論が噛み合わないことも多々ありますが、泥臭く対話を重ね「この環境投資が将来のどのような事業機会や利益につながるのか」を経営陣や事業部にロジカルに提案し、説得していく。守りから攻めへ転換し、環境課題を事業成長のストーリーへと昇華させていく覚悟こそが、これからのサステナビリティ部門に求められる最大の役割であると考えています。