クオリティフォーラム2025 登壇者インタビュー
グローバルで多様な社員を結びつける
共通の価値観と行動指針
~コマツウェイ~
株式会社小松製作所
コマツウェイ総合研修センタ 所長
山下 千津子 氏 に聞く
聞き手:伊藤 公一(ジャーナリスト)

1. 切り板一枚、ボルト一本の製造を間近に
――小松製作所における山下さんの社歴を簡単にお聞かせください。
山下:入社時から6年間、コーポレート部門に配属されたあと、生産・調達部門に移りました。この部門では20年間従事。2017年にコーポレート部門に戻り、教育、広報部門に携わりました。2024年にコマツウェイ総合研修センタ所長に就任。現在は、当社の共通の価値観である「コマツウェイ」を全世界の社員が理解し、実践できるような教育体系の構築と運営に力を注いでいます。
私が入社した1991年はバブル期で、金融機関に人気がありました。しかし、私はそういう世界よりも、ものづくりの現場に興味があったので、いくつかのメーカーを受けて最終的にコマツに決めました。
私が入社した1991年はバブル期で、金融機関に人気がありました。しかし、私はそういう世界よりも、ものづくりの現場に興味があったので、いくつかのメーカーを受けて最終的にコマツに決めました。
――同じメーカーでも、自動車や家電ではなく、なぜ建設機械だったのですか。
山下:広い意味でのものづくりに関わりたかったからです。建設機械に特別な思い入れがあったわけではありません。ただ、就職活動を通して、連綿と受け継がれてきた企業文化や財務体質の強さには関心を抱いていました。入社前の漠然とした気持ちは正社員となって確信に変わります。質実な企業文化に相性が合うのか、実に居心地が良いのです。
最初の職場であるコーポレート部門では、法務を担当しました。大学で学んだ法律を生かしたいと思ったからです。念願のメーカーに就職したとはいえ、例えば生産管理の仕事がどういうものか、学生の私には想像がつかない。その意味で、自分の専門分野である法務を希望しました。
最初の職場であるコーポレート部門では、法務を担当しました。大学で学んだ法律を生かしたいと思ったからです。念願のメーカーに就職したとはいえ、例えば生産管理の仕事がどういうものか、学生の私には想像がつかない。その意味で、自分の専門分野である法務を希望しました。
――職歴としては、次の生産・調達部門に最も長く携わっておられますね。
山下:法務の仕事はやりがいがある半面、ものづくりの現場からはやや遠い。そこで、より現場に近い部署を希望したところ、生産・調達部門を勧められました。一番嬉しかったのは数多くの協力企業に行けたことです。
コマツは生産効率化の一環としてパーツやコンポーネント類の80%以上を外部の協力企業に委ねています。その現場をつぶさに見られるのは私にとって、ある意味一生の財産でした。切り板一枚、ボルト一本の作り方から見せてもらえる。仕事とはいえ、ものづくりの出発点となる現場を間近に見ることができたのは自社製品を理解するうえでも大きな力になったと思います。
コマツは生産効率化の一環としてパーツやコンポーネント類の80%以上を外部の協力企業に委ねています。その現場をつぶさに見られるのは私にとって、ある意味一生の財産でした。切り板一枚、ボルト一本の作り方から見せてもらえる。仕事とはいえ、ものづくりの出発点となる現場を間近に見ることができたのは自社製品を理解するうえでも大きな力になったと思います。
2. 「共通の価値観と行動指針」を明文化

――現職と最も関わりの深い「コマツウェイ」はどのような経緯で生まれたのですか。
山下:2000年代初頭、会社の成長やグローバル化が急速に進む中で、国や文化の違いを超えてコマツグループの全社員がグローバルに共有する「共通の価値観と行動指針」が必要とされました。そこで、創業の精神や諸先輩方が築き上げた企業文化を整理し、2006年に明文化したのが「コマツウェイ」です。
――まとめられたのは当時の社長だった坂根正弘さんですね。
山下:ええ。2001年に当社は創業以来初めての営業赤字を出し、全社的なリストラを余儀なくされました。幸い、リストラを終えたころから始まる急激な新興国需要を受ける形で売上げ・利益を回復し、コマツは国内外で社員を増やします。そういう状況を見て、坂根は価値観や行動指針を共有することの必要性を強く感じたのだと思います。
「コマツウェイ」は序章に続いて、マネジメント編、ブランドマネジメント編、ものづくり価値創造編の3章で構成されています。マネジメント編は坂根が社長交代にあたって次を受ける野路國夫へ託すために自ら筆を執った引き継ぎ書が元になっています。
ブランドマネジメント編はマーケティング部門が2007年に始めた顧客価値創造活動(ブランドマネジメント活動)が全社的な取り組みとなったことを機に2011年に追加されました。ものづくり価値創造編は野路が現場の声を反映する形でまとめています。
「コマツウェイ」は序章に続いて、マネジメント編、ブランドマネジメント編、ものづくり価値創造編の3章で構成されています。マネジメント編は坂根が社長交代にあたって次を受ける野路國夫へ託すために自ら筆を執った引き継ぎ書が元になっています。
ブランドマネジメント編はマーケティング部門が2007年に始めた顧客価値創造活動(ブランドマネジメント活動)が全社的な取り組みとなったことを機に2011年に追加されました。ものづくり価値創造編は野路が現場の声を反映する形でまとめています。
――山下さんが事務局として深く携わり、2025年1月に改訂された第4版の手応えは。
山下:率直に言うと「自分がコマツウェイについてやりたいことはやり切った」という感じです。基本的な姿勢は旧版と変わりませんが、最新版では、2021年の100周年時に策定した価値観「挑戦する」「共に創る」「やり抜く」「誠実に取り組む」とコマツウェイとの結びつきを明確にし、「多様性」や「心理的安全性」という今日的に重要な要素を入れています。 心理的安全性につながる「相手の話を聞いて、まず理解しよう」という語録も新たに加えました。
改訂を続ける背景には「代を重ねるたびに会社を強くする。それを実現するためにコマツウェイがある」という思いがあります。
改訂を続ける背景には「代を重ねるたびに会社を強くする。それを実現するためにコマツウェイがある」という思いがあります。
3. 「理論よりも実践を尊ぶ」のがコマツ流
――国内外のグループ各社における「コマツウェイ」の存在意義をどう見ますか。
山下:繰り返しになりますが「コマツウェイ」はグローバルで多様な社員を結びつける共通の価値観であり、全社員の行動指針でもあります。そういう姿勢や理念を組織全体に浸透させるため、経営トップ自らがその重要性を繰り返し発信し、各国・各拠点での研修や改善活動にも組み込んでいます。
例えば、オールコマツQC大会やスタッフ改善大会などの発表時には「この改善にあたって『コマツウェイ』のどの語録を意識したか」を明記します。コマツは理論よりも実践を尊ぶ会社ですから、「コマツウェイ」に書かれていることは非常に具体的です。価値観に基づき、具体的にどう行動するか。その実践を尊ぶのがコマツらしさだと思っています。
例えば、オールコマツQC大会やスタッフ改善大会などの発表時には「この改善にあたって『コマツウェイ』のどの語録を意識したか」を明記します。コマツは理論よりも実践を尊ぶ会社ですから、「コマツウェイ」に書かれていることは非常に具体的です。価値観に基づき、具体的にどう行動するか。その実践を尊ぶのがコマツらしさだと思っています。
――多くの会社が固有の「〇〇ウェイ」を策定している中で「コマツウェイ」は他社とどのような点が異なるのですか。
山下:やはり、実践を重視しているため内容が具体的なことが一番の違いだと思います。職務上、他社のウェイを拝見することがあるのですが、普遍的で、その分抽象的な内容である場合が多いように感じます。
また、「コマツウェイ」は階層別教育にも反映されていて、新入社員の時はもちろん、その後の節目の研修時にも取り入れられています。管理職や幹部候補になる時の研修では、これまでどのように実践してきたかを話し合います。他社の担当者にこの話をすると「徹底していますね」と言われます。良い意味でしつこいのです。しかし、この徹底ぶりややり抜くところも、コマツらしさでしょうね。
また、「コマツウェイ」は階層別教育にも反映されていて、新入社員の時はもちろん、その後の節目の研修時にも取り入れられています。管理職や幹部候補になる時の研修では、これまでどのように実践してきたかを話し合います。他社の担当者にこの話をすると「徹底していますね」と言われます。良い意味でしつこいのです。しかし、この徹底ぶりややり抜くところも、コマツらしさでしょうね。
4. 「価値観の押し付け」にならぬよう留意

――「コマツウェイ」の推進にあたって苦労されたことは。
山下:社員エンゲージメント調査では、ありがたいことに「コマツウェイ」に対する理解度や実践度などは高いポイントとなっています。ですから、現在は推進にあたって大きな苦労はありません。皆さんには「一つでも二つでも良いので、できることから実践してください」と言い続けています。
語録はシンプルな言葉で語られています。例えば「ものづくり価値創造編」の「源流管理」の項目では「ナゼナゼを5回繰り返そう」、「現場主義」の項目では「見える化しよう」といった語録を掲げています。大切なのは、書かれたことのすべてではなく、自分のできることに取り組むよう、心がけてもらうことです。
語録はシンプルな言葉で語られています。例えば「ものづくり価値創造編」の「源流管理」の項目では「ナゼナゼを5回繰り返そう」、「現場主義」の項目では「見える化しよう」といった語録を掲げています。大切なのは、書かれたことのすべてではなく、自分のできることに取り組むよう、心がけてもらうことです。
――「コマツウェイ」を海外展開するにあたって留意されたことはありますか。
山下:「コマツウェイ」が日本人の価値観の押し付けと受け取られないようにすることに何よりも心を砕きました。導入時期にはコマツの担当役員がキャラバンを編成して現地の皆さんに説明に赴き、理解を求めました。
併せて、当時の研修センタ所長が現地に赴き、現地トップにも入ってもらい、ワークショップを開きながら「こういう思いでやっている」ということを念入りに説明しました。こちらからの一方通行ではなく、現地の声に耳を傾け、双方向の対話を重ねることで共感と納得を得ながら浸透を図ってきました。導入期のそうした丁寧な対応は共通の価値観を醸成するのに役立ったと思います。
併せて、当時の研修センタ所長が現地に赴き、現地トップにも入ってもらい、ワークショップを開きながら「こういう思いでやっている」ということを念入りに説明しました。こちらからの一方通行ではなく、現地の声に耳を傾け、双方向の対話を重ねることで共感と納得を得ながら浸透を図ってきました。導入期のそうした丁寧な対応は共通の価値観を醸成するのに役立ったと思います。
5. 語録を自分事として考える教育に修正
――「コマツウェイ」を推進していくうえで最も大切にしていることはなんですか。
山下:単なる知識としてではなく、日々の業務の中で自然に体現されるよう、自分事として考えられるような教育と、それを実際の業務に結び付けた浸透を大切にしています。
時代によって教育方法も変わりました。初めのころは座学でコマツの歴史や、なぜ「コマツウェイ」が生まれたか、書かれた語録の解説に力を入れていました。しかし、ややもするとそれは教える側の思いの押し付けになりかねない。そこで、ある時期から自分が好きな語録は何か、それに対してどのような思いを抱いているか。つまり、自分事として考えられるような研修に改めました。
時代によって教育方法も変わりました。初めのころは座学でコマツの歴史や、なぜ「コマツウェイ」が生まれたか、書かれた語録の解説に力を入れていました。しかし、ややもするとそれは教える側の思いの押し付けになりかねない。そこで、ある時期から自分が好きな語録は何か、それに対してどのような思いを抱いているか。つまり、自分事として考えられるような研修に改めました。
――教育企画部長として教壇にも立っていた山下さん自身が学ぶこともありましたか。
山下:振り返ると、2017年の赴任時にはまだまだ長い時間の講義が中心だったように思います。しかし、スタッフからの改善提案もあり、講師の話はできるだけ短くし、その分を受講者が語録に真摯に向き合い、受講者同士で話し合い考えを巡らせるための時間に充てました。そういう経験を通して一人一人が得た成果は大きいと思います。
「馬を水辺に連れていけても水を飲ますことはできない」という諺があるように、いくら環境を整えても、最終的な行動は本人の意識によります。無理強いは良い結果につながりません。これは現職における私の心がけの一つでもあります。
ですから、いかに自発的に学ぶかという姿勢が受講者一人一人に問われることになります。研修センタに来ても、一方的な受け身の教育ではなく、積極的に他者と交わり、インプットとアウトプットを繰り返すことで自らを高める。そういうステップが一番の学びになると考えています。
「馬を水辺に連れていけても水を飲ますことはできない」という諺があるように、いくら環境を整えても、最終的な行動は本人の意識によります。無理強いは良い結果につながりません。これは現職における私の心がけの一つでもあります。
ですから、いかに自発的に学ぶかという姿勢が受講者一人一人に問われることになります。研修センタに来ても、一方的な受け身の教育ではなく、積極的に他者と交わり、インプットとアウトプットを繰り返すことで自らを高める。そういうステップが一番の学びになると考えています。
6. 「方針展開力は、コマツの強み」

――「コマツウェイ」は中期経営計画やTQM活動などとどのように関わり、どのような成果を導いていますか。
山下:「ものづくり価値創造編」の中に「方針展開力は、コマツの強み」という語録があります。経営トップが打ち出した中期経営計画は全社に伝えられ、各部門・各階層で目標に落とし込まれます。
活動推進の際にはPDCAを回すことの重要さを「コマツウェイ」の中で説明し、実際の中期経営計画推進にあたっても同様の対応がとられています。TQM活動においても、品質や改善の根底にある価値観として機能し、現場の自律的な改善活動を支えていると思います。
活動推進の際にはPDCAを回すことの重要さを「コマツウェイ」の中で説明し、実際の中期経営計画推進にあたっても同様の対応がとられています。TQM活動においても、品質や改善の根底にある価値観として機能し、現場の自律的な改善活動を支えていると思います。
――中期経営計画に明確な文言として「コマツウェイ」と書かれていなくても、根底にはその理念が流れているということですね。
山下:コマツのエンゲージメント調査では、方針展開は会社の強みとして、社員の皆さんが認識しています。ですから、中期経営計画を進めるうえで「コマツウェイ」は無意識のうちにベースとなっていると考えます。中期経営計画を各部門の目標に落とし込んで活動し、1年間の活動後に振り返ってみてフィードバックし、PDCAサイクルを回して、次の年につなげる。その積み重ねが最終的な目標達成につながることを社員の皆さんが理解していると思います。
7. 理解深めるために13カ国の言語で展開
――文化や習慣の異なる全世界の社員が価値観を共有するためにどんな取り組みをしていますか。
山下:「コマツウェイ」は、原版は日本語ですが、海外の従業員が母国語で理解できるよう、13カ国語で作成しています。
併せて、研修資料の整備や現地リーダーによるファシリテーション、ワークショップなどを通じて共通理解を深めています。
併せて、研修資料の整備や現地リーダーによるファシリテーション、ワークショップなどを通じて共通理解を深めています。
――IT化が進む中で、テキスト版を補う今日的なツールは何か用意されているのですか。
山下:社内ではイントロダクション動画と呼んでいるのですが「コマツウェイ」の成り立ちや考え方、社員に期待することなどを説明する教育資料として10分程度のビジュアルコンテンツを2025年に初めて作りました。
日英版だけでは十分に広めることが出ないので、テキスト版同様、13カ国語で展開しています。翻訳にはAIを積極的に有効活用しています。
日英版だけでは十分に広めることが出ないので、テキスト版同様、13カ国語で展開しています。翻訳にはAIを積極的に有効活用しています。
8. 改訂時に新しい考え方や価値観を反映
――20年の節目を迎える「コマツウェイ」はこの先、どのように進化していくとお考えですか。
山下:「コマツウェイ」は6年に一度改訂することが通例です。変化の激しい時代においても、ベースとなる普遍的な価値観は変わらないと思います。
その上で、改訂のたびに新しい考え方や価値観を取り入れています。また、デジタル技術の活用や、次の改訂に向けた広い意見収集を行い、より柔軟で開かれた形に進化させたいと考えています。
その上で、改訂のたびに新しい考え方や価値観を取り入れています。また、デジタル技術の活用や、次の改訂に向けた広い意見収集を行い、より柔軟で開かれた形に進化させたいと考えています。
――すでに、6年後に向けた準備が始まっているわけですね。
山下:作成期間の最後の半年はバタバタの状態ですから、早くから着手するに越したことはありません。備えあれば憂いなしです。第4版では海外の方の提言を参考にしました。彼らは、旧版には「コマツウェイ」が何かは書かれているけれども、なぜ実践しなければならないかが書かれていないというのです。モチベーションを大事にする西洋らしい指摘だと思い、第4版では序章の冒頭にコマツの長い歴史や果たしてきた社会的役割、「コマツウェイ」の意義をエモーショナルにまとめ「コマツウェイ」が海外の方にモチベーションをもって受け入れられるような工夫を施しました。
9. 共通の価値観は組織の力を最大化する

――本講演で聴講者に伝えたいメッセージがあればお話しください。
山下:お話の中で繰り返してきた「共通の価値観」は単なる理念ではなく、組織の力を最大化する実践的なツールです。それは多様性を尊重しながらも、一体感をもって進むための「軸」として、聴講される方々の組織でも活用いただけるヒントになると思います。
社歴の中でご紹介したように、いくつかの部門や職場を経験することで私はコマツの企業文化に触れてきました。企業文化はある日突然に表れるのではなく、共通の価値観をもって一緒に仕事をすることで育まれると思っています。その蓄積が組織の力を最大化することにつながる。お示しする道筋や事例を通じて、なんらかの気づきを得ていただければ幸いです。
社歴の中でご紹介したように、いくつかの部門や職場を経験することで私はコマツの企業文化に触れてきました。企業文化はある日突然に表れるのではなく、共通の価値観をもって一緒に仕事をすることで育まれると思っています。その蓄積が組織の力を最大化することにつながる。お示しする道筋や事例を通じて、なんらかの気づきを得ていただければ幸いです。

