インタビュー

マツダのブランド価値経営

マツダ 執行役員 R&D管理・商品戦略担当の工藤秀俊氏に聞く(1)

(聞き手:ジャーナリスト 伊藤 公一氏)

工藤 秀俊(くどう ひでとし)

マツダ株式会社 執行役員 R&D管理・商品戦略担当
――ご講演の表題の「ブランド」は、人によって受け止め方が異なる言葉の一つです。貴社ではどのように定義なさっていますか。
工藤:以前は主に商品を指す狭い意味で捉えていました。今は、全社員が関与する企業全体の生きざまを訴えるものという広い捉え方をしています。
 当社がブランド価値経営を進めるのは、すべての社員の行動をコーポレートビジョン(以下、CV)に一致させて、ウイニングサークルを回す原動力にしたいからです。ウイニングサークルは、マツダらしい商品やサービスを明確にすることから始まります。それを踏まえて、お客様やステークホルダーと強い絆を結び、結果的にマツダという会社の成長を促す。そして、それが社員のモチベーションを高めるという正のスパイラルを導くと考えています。
――2015年4月、従来のCVに変わる新たなCVを発表された狙いは。
工藤:改訂に踏み切った最も大きな理由はリーマンショックとフォードグループからの離脱です。2009年のことです。それ以前の2002年から2007年までは右肩上がりで順調に成長していました。その勢いで、さらに次の段階に弾みをつけようとしていた矢先にリーマンショックが起こります。
 「経営危機」という言葉が頭をよぎりました。赤字時代を含めた、これまでの浮沈の歴史もよみがえります。まさにその危機から脱するための手立てとしてCVを改訂することにしたのです。リーマンショックを機にフォード傘下から離れ、単独で生きなければならなくなったという差し迫った背景もあります。たまたま当社は2020年に創業百周年の節目を迎えます。ですから、新しいCVは、苦しい時を短期的に乗り切るためではなく、次の100年まで生き残るための方策を考えるという意味もありました。そうでないと、経営危機から逃れられないと考えたからです。

■「大義」と「マツダらしさ」を念頭に

――ビジョンを策定していく作業の中で最も重視されたことはなんですか。
工藤:どの会社にもある企業理念は往々にして、上から与えられるものですが、「社員がCVに沿って行動したい、あるいはCVの示す『ありたい姿』を自分も実践したいと思える」ものにしたいと思いました。これは絶対に外せません。そのための要件は2つあります。
 第一は「大義」です。マツダありきではなく、まず世のため、人のために尽くすということです。当社の成長はその結果としてもたらされるはずと考えました。
 第二は「マツダらしさがあること」。創業時から脈々と引き継いできた固有の伝統や次の世代に率先して伝えたいと思えるものを継承していくべきです。それに「日本らしさ」を付加できれば言うことはありません。
――策定作業はどのような組織で進められたのですか。
工藤:初めは十数人の小さな集まりです。各部署の部長・本部長クラスから成るプロジェクトチームですね。その後、その他のイニシアティブと合流し仲間を増やしながら形を整えました。「大義」や「マツダらしさ」というキーワードはその過程で交わした論議から絞り込まれました。
 活動を進めるにあたっては、名古屋工業大学特任教授の加藤雄一郎先生(現 職業能力開発総合大学校 教授)の指導を受けました。先生が、元社長の井巻(久一)さんの講演を聞いて非常に感銘を受けたことから始まるご縁です。2009年には本社で講演もしていただきました。
 活動当初は、先生のやり方を学べばなんとかなるだろうと高をくくっていたら、そうではなく、自らが考えに考えて考え抜くことだと教えられました。

■頭で理解させるのでなく、心に訴える

――プロジェクトを進める際には、どのようなスタンスで臨まれましたか。
工藤:以前にもCVはありました。
 しかし、それは、例えて言えば、額に収まって立派な部屋の壁に掛けられたままのようなものでした。その字面を眺めているとなんとなく安心する。文言を刷り込んだ名札が配られたこともあります。しかし、ビジョンと実際の業務がまったくつながっていない。ですから、策定作業を進めるにあたってはほんの数行の文章を伝えるのではなく、背景にある考え方や歴史をきちんと伝えるべきだと考えました。
――プロジェクトに対する社員の関心を高めるための方法は。
工藤:本部長クラスに「伝道師」になってもらいました。まず、プロジェクトで策定に関わるメンバーが本部長に要点を伝えます。現本部長はそれを部内の下のほうに伝える形で広めました。一種のバトンリレーですね。
 その過程では、ただ頭で理解させるのでなく、社員一人ひとりの心に訴えることに努めました。心に響かなければ、行動につながらないからです。

■自分ごと化で社員の当事者意識を育む

――社員の意識をCVと一致させるために、どのような手立てを講じましたか。
工藤:コミュニケーションを深めることです。心で感じたものを行動に移させるために動画や音楽を使って、マツダの歴史や、社員としてありたい姿を伝えたこともあります。
 それと併せて力を入れたのが、海外拠点を含む関係者全員への「カスケード」と「自分ごと化」の推進です。自分ごと化は当事者意識をもち、自分で考えて仕事に取り組むという点で、極めて有用な捉え方だと思います。
――加藤先生の「教え」やプロジェクトの方向性にも通じますね。
工藤:その通りです。段階的な連鎖作用をもたらす知識や情報のカスケードも大切です。しかし、人の話を一方的に聞くだけでなく、自分の言葉に置き換えて対話する。こういう段階を踏まないと、なかなか行動につなげることができません。「対話」は職場単位で、今も熱心に続いていますよ。