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クオリティフォーラム2024 登壇者インタビュー

チームの底力を引き出す技

~旭化成陸上部における取り組み~

旭化成株式会社 陸上部
総監督
宗 猛 氏 に聞く

聞き手:川西 由美子 氏(ランスタッド株式会社 組織開発ディレクター)
※記事まとめ:安隨 正巳(日本科学技術連盟 品質経営創造センター部長)
宗 猛 氏 左:川西 由美子 氏、右:宗 猛 氏
宗 猛 氏
旭化成㈱ 陸上部
総監督
1953年大分県臼杵市生まれ。
佐伯豊南高校卒業後旭化成に入社。現役時代は兄 宗茂と共に双子のマラソンランナーとして日本陸上界を牽引。メルボルンマラソン、毎日マラソン、コンチェマラソンなど優勝多数。
モスクワ、ロサンゼルス五輪日本代表。ロサンゼルス五輪で4位入賞を果たす。引退後は、旭化成陸上部副監督を経て監督に就任し後進の指導にあたる。2014年4月1日付で総監督に就任。

1. 旭化成陸上部 優勝は当たり前のプレッシャー

――私は2005年から2009年の4年間、旭化成 陸上部のメンタルトレーナーを務めさせていただきました。ニューイヤー駅伝において2005年の15位から翌年8位となり、そして2007年には2位に躍進した快進撃を昨日のことのように覚えています。優勝へのプレッシャーは大変なものでしたよね。
宗:川西さんにメンタルトレーナーに就任いただいた当時はまさに低迷期でしたね。旭化成陸上部は優勝が宿命づけられていたため、2位も最下位も同じ気持ちでした。指導者、選手共に辛い時期でした。
――ただ、あの当時落ち込んだ感じはなく、いつも平常心を忘れずに明るい雰囲気で練習をしていた印象があります。
宗:選手は明確な目標をもっていてくれたので、目標に向かって一人ひとりが頑張ってくれていました。そのあたりが前向きなチームという印象を持ってもらえたのかもしれません。
――翌年(2007年)は2位になりました。そしてその後の2017年には18年ぶり22回ぶりの優勝に輝き、その後4連覇を果たしました。
宗:2007年に2位になっても、その後、浮き沈みが続きましたね…。2017年旭化成の小堀社長も現地で応援をしてくださり悲願の優勝ができました。
――今年は3位でしたね!しかし、勝ち抜き方に私は感動しました。
宗:今年は第1区の選手が転倒し、「ここで終わった…」と思ったレースでした。しかし、第1区の選手も起き上がり、その後後半猛追して3位に入りました。地元・延岡市に戻ると市民の歓迎ぶり、健闘を称える声は大きかったですね。危機を脱して選手が力を合わせ3位まで這い上がったことは市民に感動を与えたのだと思います。

今年は、新人、中堅、ベテランが一体となり嚙み合ったレースでした。3位だったですが、この3位は次に上がっていける3位と手応えを感じています。

2.陸上競技を取り巻く環境の変化

――宗総監督は、日本のマラソン史上、欠かすことができない名ランナーでしたが、総監督ご自身の現役当時と現在の環境の変化としてどのようなものが挙げられますでしょうか。
宗:色々ありますが、まずはシューズでしょうね。
――シューズのどのような変化でしょうか?
宗:私が現役であった約45年前、当時はできるだけ薄く足にフィット感があり軽いものが主流でした。現在は厚底シューズが主流です。中にカーボンが入っており、カーボンのばねで推進力が出ます。クッション性も高いです。

厚底に切り替わり、選手も「画期的」と言っていました。昔と比べ、マラソンで2~3分短縮されていると言ってよいでしょう。3分となると約1㎞です。
――まさに、靴のイノベーションですね。そのイノベーションへの対応に苦慮した選手も当初はいたのではないでしょうか?
宗:当初は、シューズに自分の足を合わす、という部分に苦労した選手はいましたね。僕らの時代は、「しっかり走り込んだ上で足を作り、靴をどう履きこなすか」、であったのですが、最近は「シューズに足を合わせてどう使いこなすか」がポイントの一つになっています。靴を使いこなせないと試合には勝てません。現在は、後半の失速はこの厚底シューズによってかなり抑えられている部分はあると思います。
――かつてと現在の選手の教育の仕方も変わってきているのでないでしょうか。
宗:私が現役の時は、自分の足を強くしないと(当時主流だった)薄いシューズは履けない。とにかく距離を走る=基礎作りを大切にしていました。言い換えればスタミナと脚を作っていたとも言えます。
――それが基礎だったのですね。
宗:昔の選手は、走るのが好きで「強くなりたい」と旭化成陸上部に入部してきた選手ばかりでしたから、指導者になった時も強めに檄を飛ばしていました。
私自身の経験で言いますと、「日本で一番強くなりたい」と思っていましたが、当日は今のようにインターネットなどありませんので他の選手に関しての情報は入手することはできませんでした。ですので、選手の状況をいろいろ想定して練習をしていました。例えば、旭化成の本拠である延岡市は雨が降っていても、ライバルの瀬古利彦氏(現 日本陸上競技連盟 ロードランニングコミッションリーダー)がいる東京は雨ではない、瀬古は練習しているだろうと思い私も雨の中でも練習をしていました。

日本一になるなら、日本で一番よい練習を余裕をもって行う、そうすれば俺は日本一になれる、世界一の練習をすれば世界一になれると思っていました。ところが、日本一の練習、世界一の練習はどういうものかという情報はなかった時代だったものですから、これでもかこれでもかと走っていました。
――そういった中で経験を通して「日本一の練習」のメニューを作っていかれたのですよね。
宗:自身でトレーニングしながら、「これがマラソンのトレーニングなんだ」と思い始めたのが45年前ですね。ここから練習方法を確立していきました。
――現在はむしろ情報過多の時代ともいわれています。そういう時代で選手たちをどう指導しておられるのでしょうか。
宗:選手は情報で頭がいっぱいです(笑)。
私は選手に「頭で考えては走れないよ。まず足を動かさないと」と言うのですが、ネットなどで得た専門的な情報量は豊富なので弁は立ちます。練習方法や練習量のことで話し始めると、むしろこちらが押されるといった場面もあります。そういった中でも、「基本は忘れるな」と言っています。長距離選手は最後の最後まで先頭グループについていかなければ、いくらスピードがあってもレースに勝つことはできません。したがって、王道は走り込みとなるですが、その走り込みを選手は一番嫌がる。時間は長いし単調なので。

一方でスピード練習は刺激があるので比較的好みますね。今の選手は、走り込み量が全体的に不足しているのですが、それをイノベーション(厚底シューズ)がカバーしている面があるのも事実ですね。

3.環境変化に合わせたチーム作り

――チーム作りの観点ではどのあたりが重要と思っていますか。
宗:やはりなんといっても良い人材ですね。
――企業やものづくりでも同じですね。ではよい人材獲得のポイントは?
宗:なかなか宮崎県延岡市まで選手は来てくれません。このようなネックはあります。東京と二拠点でやってはいますが、九州出身の選手が関東の大学に進学しても、九州に戻ってきてくれないのが頭の痛いところです。
――選手をスカウトする際に伝える旭化成陸上部の魅力をどう作っていっているのでしょうか?当初は宗さんのもとでやりたい、指導を受けたい、という選手はいたと思いますが。
宗:旭化成には、エースとなる中心選手がいて、そのエースに若手がついていってレベルアップしていく、そういうチームの雰囲気が伝統的にあります。このあたりをみて旭化成陸上部でやりたい、といった選手も一定数いて、このような形を作っていくことが一番の近道と考えています。
――エースの作り方は?
宗:まずは、それなりの素質やポテンシャルを持っている選手です。それに加え重要なのは、「欲」のある選手ですね。競技に対して強くなりたい、もっと速くなりたい、勝ちたい、記録を出したい、といった気持ちが不可欠です。
人間ですので、いろいろな誘惑は当然あります。その中で、走ることに対して一番の欲があれば、ある程度の他の欲は抑えられ誘惑にも打ち勝つことができる可能性は高くなります。
――「欲」を掻き立てることは何か取り組みをしていますか。
宗:皆、エースの背中を見ています。いかに強い選手を置くかということですね。
――人材を確保するために、魅力ある組織にするためにどのようなことを行っていますか?
宗:強くなりたい、という想いを持った選手に来てもらえれば、勝手に強くなっていく部分があります。これまで、そういう選手を何人もみてきました。
また、旭化成陸上部は創設以来約80年の歴史を持っています。旭化成の会社の人々はもとより、延岡市民は心からの応援してくれますので、これは大変大きな力になっているのも事実ですね。
――私がメンタルトレーナーを務めていた時期も、常に旭化成の社員様や延岡市民からの温かい声援を感じていました。
宗:しかしながら、最近の選手は一人が好きなんです。私が旭化成陸上部に入社したときは、先輩と大部屋で一緒に暮らし、先輩に使われながら社会的な勉強も自然としてこれました。今は、横のつながりが希薄になっている感じはしていますね。

また、今はゲームが好きな選手が多いです。
スポーツ選手に重要なのは、疲労回復です。疲労回復に重要なことは、栄養、体のケア(治療)、睡眠です。栄養と体のケアはお金で買えますが、睡眠はお金では買えません。疲労回復には睡眠が一番効くのですが、睡眠時間を削ってまでゲームをしてしまう選手は故障を起こす確率も高くなります。本当に強くなる選手は、睡眠時間をコントロールできるので故障するまでゲームはしないのです。
――自身の中の「欲」に打ち勝つことができるのですね。
宗:今まで素質のある選手はたくさんいましたが、走ることに対する「欲」が弱い選手は、結局よい結果を残せず選手生命を終えてしまいます。
逆に、そこまで素質が高くない選手でも、競技に対する欲が強い選手では、最終的には結果が逆になります。
――私は組織心理学を専門としているのですが、「欲」を持つには実は大きなエネルギーが脳に必要です。食事をとり睡眠をしっかりとっていないと脳へのエネルギー不足となります。その為、脳が思うように機能せずモチベーションが確保できません。ビジネスマン食事と睡眠時間の確保はとても重要です。
宗:とはいえ、アドバイスができても最終的には自分次第です。アドバイスを聴くことのできる「素直な選手」は必ず伸びます。これは間違いないですね。素質が高くても、素直でない選手はある程度のところまではいけますがその先は伸びません。

4.「欲」を持つこと、「目標」を持つことの重要性

――このチームに入って、人間が変わった選手はいますか?
宗:力を付けていく中で、だんだん欲が出てきます。そこで選手として大きく伸びてくるケースはありますね。昔、谷口浩美という選手がいました。谷口は、高校の教員を目指していて旭化成陸上部に入部しました。しかし当時、高校の採用枠は少なかったため、しばらく旭化成で競技しながら高校の教員を目指すことになりました。彼の長距離選手としての力が徐々についてきて、「ひっとしたら世界を狙えるぞ」、というレベルまで上ってきた時、急に本人に「欲」が出てきました。
すると、世界陸上(1991年)で優勝し、バルセロナオリンピック(1992年)、アトランタオリンピック(1996年)に出場する選手までになったのです。 谷口は欲が人生を変えた好例ですね。
――最近はよい選手が揃っていますか?
宗:面白い選手、素質の高い選手は多いですよ。欲をいかに引き出していくか、だと思っています。
――「欲をいかに引き出していくか」は重要だと感じました。
宗:そうなんですが、こればかりは本人次第なんですね。
その為にはと、少なくとも5年先の自分の目標がしっかり持てるか?5年後にどういう選手になりたいか、そこから逆算して今日はどれくらい練習する必要があるか?という先の目標がないといけません。
――いわゆる「バックキャスティング」ですね。
宗:僕らの時代はオリンピックが目標で、常にそれが基準でした。小学生の時に東京オリンピックをテレビで観て、オリンピックに出る!と決意しました。そして旭化成に入社しました。
――オリンピックに出場するために、逆算したのですね。
宗:1回目のモントリオールオリンピックは失敗したのです…。
――どのような失敗だったのですか?
宗:12月の福岡国際マラソンで日本人ランキング1位のタイムを出すことができました。周囲からも「宗猛でモントリオールオリンピック代表は間違いない」と言われ、福岡国際の後にも相当な練習量をこなしました。そして迎えたオリンピックの最終選考である4月のびわ湖毎日マラソンで惨敗してしまいました。練習のし過ぎで疲労がピークになっていたのです。

一方で、兄(宗茂氏)は適当に練習を行っていたのですが、びわ湖毎日マラソンで3位に入りモントリオールオリンピック代表に選ばれ、僕は選ばれなかったのです。
兄は、モントリオールオリンピックでは17位に終わり、兄から「オリンピックは参加するだけではダメだぞ。メダルを獲らないと」と言われました。じゃあ、次は「目標は出場ではなく、オリンピックでメダルを獲る!」に切り替えました。

5.折れない心を持つ

――最近、産業界では「パーパス経営」の重要性が言われていますが、まさに目標・目的を明確にブレークダウンしていくパーパス経営そのものですね。
宗:そして次のモスクワオリンピック出場の選考会で、瀬古利彦選手には負けはしたものの、兄と私で2位、3位に入りオリンピック代表に選ばれました。当時のマラソンの世界10傑の上位に、瀬古選手と私は兄がランクインしており、モスクワオリンピックではメダルと、思っていましたが、日本がボイコットをしてオリンピック出場は叶いませんでした。
――その次のロサンゼルスオリンピックには出場されました。
宗:モスクワの時は、4年間すべてをオリンピックに捧げましたので、その先の4年後のロサンゼルスをどうするかと考えた時、「自分たちの好きな試合だけ走ろう。好きな試合を走っていきながらロサンゼルスオリンピック選考会が走りたい試合となったら走ろう」と思い、結果選考会もクリアして代表に選ばれました。すべて4年先をみながら考えていった結果です。
――その間、心が折れなかったことに驚きます。なぜ心が折れなかったのでしょうか。
宗:走ることが好きだったからでしょうね。その後、現役を引退し、会社から指導者になって欲しいと言っていただき、「では我々の好きだったことを選手に伝えよう」と思い指導者人生がスタートし現在に至ります。

6.選手との向き合い方

――選手との向き合い方のポイントを教えてください。
宗:選手にはそれぞれ個性があります。この選手は怒った方がよい、褒めた方が伸びるタイプの選手もいます。指導法は使い分けが重要です。
――宗さんの指導者としての情熱や熱量はどこから来るのでしょうか?
宗:やはり、自分が走ることが好きだからですね。旭化成という会社にも本当に恵まれました。現役後には指導者としてのポジションも与えてくれました。その中でよい選手を育てながらやってこれました。現在は、総監督の立場でチーム全体をみながら、やらせてもらっています。現場に直接多く口を出すということはあまりしていませんが、アドバイスはしています。
そして、選手がよい結果を出してくれるととても嬉しいですね。
――宗さんは、今後はどうされていきたいですか?
宗:71歳になりました。そろそろ…、と思っています。陸上部のバトンは次の世代へ徐々に渡してます。どう動くのかをみているところです。
――最後に、「クオリティフォーラム」に参加される企業の方々へのメッセージをお願いします。
宗:やはり基礎が大事です。「温故知新」という言葉がありますが、昔(基礎)を理解して新しいものを積み上げていく、ことが重要です。マラソンでいえば、昔ながらの基礎練習(走り込み)がベースとなります。若い選手は「そんな古い練習をして何の意味があるのですか?」という選手がいますが、実際にやってみた上でいいか悪いかを考えろ、無駄な練習というのはない、どんないい練習でも無駄だと思ったら無駄になる、と言っています。どんな練習でも「何が自分にプラスになるか」を考え、その上で、自分なりの考え方や方法をつくると、一段階ステップアップすることができるのです。
――産業界では、入社しても3年で離職率が7割超えたというデータがあります。基礎がないとその上になにも建たない。そして「欲」を持つ、自分のやっていることを好きになれるか、などなど様々な示唆を与えていただきました。
本日は貴重なお話をありがとうございました。フォーラムでのセッションが本当に楽しみです。