クオリティフォーラムアーカイブ

クオリティフォーラム2025 登壇者インタビュー

二度と繰り返さないための
『組織文化変革』の取り組み

パナソニック オペレーションエクセレンス株式会社(PEX)
品質・環境担当 執行役員
上原 宏敏 氏に聞く

聞き手:伊藤 公一(ジャーナリスト)
上原 宏敏 氏
上原 宏敏 氏
パナソニック オペレーションエクセレンス㈱
品質・環境担当 執行役員 (工学博士)
1984年 松下電器産業株式会社(現パナソニック ホールディングス株式会社)入社。業務用コンピュータのハード&ソフトの研究開発、デジタルTV用システムLSI 開発責任者、テレビ事業の技術行政責任者と、約25年間にわたり技術者としての経験を持つ。
2009年 テレビ事業部長、2013年 車載インフォテインメントシステム事業部長、2015年 役員、オートモーティブ&インダストリアルシステムズ社 副社長、2019年 執行役員、チーフ・クオリティ・オフィサー(CQO)、2023年より現職。

1. 事業会社の抱える課題に横串を通す

――パナソニック オペレーションエクセレンス(PEX)はどのような組織なのですか。
上原:簡単に言うと、ホールディングス制への移行に伴って旧本社のスタッフ部門を分社化したものです。人事、経理、法務、調達、物流、資材、品質・環境といった、それぞれに専門性のある仕事に携わっていた間接部門を集めて一つの事業体にしたわけです。

ご存知のように、パナソニックはグループとして幅広い事業を手がけています。家電からデバイス、バッテリー、空調、照明、サプライチェーンのソリューションまで間口が広い。そこで、各事業会社の抱える課題に横串を通して解決にあたる役割を担っているのです。このうち、品質・環境に関して指針を出したり発信したりするのが私の部署です。
――PEXはいわゆるコーポレートガバナンス(企業統治)機能も併せもっているのですか。
上原:かつてはもっていましたが、今はもたせていません。例えば、各事業会社が手がける製品の品質については原則的に自分たちで責任を負っていただく。自主責任経営です。ただし、事業部門の抱える問題は固有のものがあれば、全社的に共通するものもあります。

そうした、いわば全社共通課題は私たちからの情報提供に基づいて各社で改善につなげていただく。製品単体でなく、品質コンプライアンスなども同様に、共通課題は私たちが関与することになる。つまり、横串を通すわけですね。
――分社化した組織であるということは社外もしくはグループ外とのビジネスも視野に入れているのですか。
上原:はい。事業会社から対価をいただいているサービスの一部などをグループの外にも広げていく考えです。当面は事業会社が取引しているパートナーの会社等に私たちの専門性を提供していくのが狙い。すでに、外販という形でパートナー社のIT開発にも携わっています。こうした取り組みはPEXという独立した形態だからこそ実現できるのです。

2. リコールに直面した際の対策も指南

――PEXと各事業会社とはどのような関係にあるのですか。
上原:これはもう明快で、主従関係に例えれば事業会社が主です。各事業会社は自らの戦略に基づいて事業成長に取り組み、推進し、高い収益性を目指す。そのサポートをするのが私たちの役目です。ある課題について良い方法があれば私たちが提案する。いわゆるベストプラクティスですね。

また、事業会社に困りごとがあれば、これまでに蓄積された事例やノウハウを踏まえて一緒に解決策を探る関係です。グループとしては各事業会社が製品やサービスを通じてお客様に価値を提供し、対価をいただく。それを側面から支えるのがPEXの使命であり、存在意義だと考えています。
――ある意味でフラットな関係だから言いたいことも言えるわけですね。
上原:ええ。例えば、リコールが避けられない場面でどのような発信の仕方をするか。品質不正が起きた時にどう対処するかはPEXとして半ば強制力で当該の事業会社に対処を求めることはあります。

パナソニックグループは30を超える事業部で構成されています。一事業部にとってリコールは10年に一度のことでも、私たちから見ると、毎年どこかで起きている事案になります。好むと好まざるとにかかわらず、リコールする際に気を付けねばならないことやさまざまなステークホルダーへのアプローチの仕方などのノウハウを私たちはたくさん蓄えています。

ですから、私たちは頼られるし、頼られる以上、事態を良い方向に導き、無用のリスクを招かぬためのガイダンスをしていくことに力を入れています。

3. 「お客様第一」よりも「お客様大事」

――PEXのアウトラインは分かりましたが、そこでの要職を担う上原さんのパナソニックにおける歩みをお聞かせください。
上原:社歴は40年を超えていて、現場の技術職と経営にほぼ半分ずつ携わってきました。最初に配属された技術部門で、その後、デジタルテレビ用のLSI開発を担当していました。ちょうどアナログからデジタルに移り変わる時期だったので、刺激的な日々でした。

アナログ時代はまず国内で製品を出して、次に米国に持ち込み、最後に欧州で販売するという手順でした。世界中に行き渡るまでに約2年かかる。ところが、デジタルテレビは世界同時立ち上げなので、ソフトウェアを入れ替えるだけで全世界対応できるLSIが勝負でした。メーカー間の競争も厳しい。そういう時代の節目に技術者として立ち会えた経験は仕事のうえでも人生においても大きな財産になったと思います。
――技術者を経て経営の側に軸足を置いた後半20年はどのような仕事をされたのですか。
上原:薄型テレビ事業の事業部長に携わった後、オートモーティブの事業部長に就きました。こうした分野での事業責任者を経て2019年に現職すなわち品質・環境を担当することになりました。私のように、技術者と経営を社歴の半分ずつ経験したのは珍しいケースだと思います。

ただ、いずれの立場でも、お客様に満足いただくことを常に心がけてきました。もう少しかみ砕くと「お客様にとって何が最善なのかをいつもお客様に寄り添って考える」ことです。こういう姿勢は一般的に「お客様第一主義」と呼ばれます。それはもちろん間違いではないけれども、私たちは「お客様大事」という気持ちを大切にしています。
――創業者、松下幸之助翁の息遣いが感じられる言葉ですね。
上原:こうした気持ちは製品を作る時も、事業として世の中に出す時も変わりません。だからこそ、長い事業経験の中で私も数多くのリコールを出してきました。リコールは当事者にとって決して愉快な出来事ではありません。しかし、そういう経験は品質・環境に携わる現在の立場で大いに生きています。問題に直面して迷っている事業責任者の決断を後押しするのが私の役割だからです。

お客様が困るような商品は世の中に出してはいけないし、そのまま残してはいけないのは自明です。リコールの判断は難しいけれども、誰かがお客様視点で言ってあげないといけない。それを言うのが私の役目だと思っています。

4. 「ライフエンド」を念頭に置いた設計を

――2005年の「FF式石油暖房機事故」を経験したことで、グループはどのような教訓を得たとお考えですか。
上原:事故を起こした製品はおおむね20年間使われていました。しかし、生き物と同じように、工業製品にも寿命があります。社内で「ライフエンド」と呼んでいるのですが、多くの製品は壊れることで使命を終えます。その時「安全サイドに倒れるか、不安全サイドに倒れるか」が重要なのです。

問題のFF式石油暖房機はエアホースの劣化によって一酸化炭素中毒を引き起こした。つまり、不安全サイドに倒れたことによる事故です。誤解を恐れずに言えば、理想的な壊れ方は単に機能が失われて用をなさなくなることです。やっかいなのは動いていながら気づかぬところで不安全に至る状態を引き起こすことです。そういう状態を絶対に引き起こさないようにすること。この事故を契機に私たちが得たもっとも重い教訓です。
――そうした決意は「二度と繰り返さないための『組織文化変革』の取り組み」という演題にも強くうたわれていますね。
上原:人の命に深く関わる多くの製品の根底には「フェールセーフ」という思想が流れています。いわゆる安全設計の考え方です。

それをお題目に終わらせず、実践するために、当社では「製品安全」を製品設計の最優先に位置づけた全社共通の「製品設計・評価基準」を2006年に定めました。
フェールセーフが機能するためには何をすべきか、何をすべきでないかを過去の不安全事故からすくい上げ、明文化する。その上で、現場で設計に携わっている人たちに実践してもらう。これを全社的な一種のバイブルと位置づけ、事業や製品による個別の基準と照らし合わせる仕組みを整えています。
――各事業会社が送り出す製品はすべて、この基準をクリアしているわけですね。
上原:はい。製品を作るための設計段階では避けて通ることができません。社内で気づかぬまま、市場で何か不都合なことが起きればここに戻る。大切なのは、基準を作って終わりではなく、絶えず更新していくことです。そのための追加や修正も継続しています。

5. リコールは決して後ろ向きではない

――この事故を契機として、設計・製造面にはどのような変化があったのでしょうか。
上原:まずは仕組みを変えました。FF式石油暖房機事故のような不安全サイドに倒れる事象が明らかになった時には直ちに事実確認を行い、原因解析と検証を進めます。重大製品事故と判断した場合にはリコールする。

リコールを出すタイミングや基準などは明確化しています。もともと経済産業省の基準はあるのですが、それよりも厳しい社内基準で運用しています。つまり、リコールは決して後ろ向きの対処ではなく、前向きに臨む場合もある。その事象がお客様にとって不安全であれば、いち早くお伝えする。最悪なのは後手後手に回ること。「何もしていないではないか!」とお叱りを受ける前に手を打つ。そういう仕組みを整えています。
――リコールに対する各事業会社の捉え方も変わってきたのですか。
上原:新たな仕組みの導入を機に、各事業部門から明確な判断として「○○をリコールします」という声が自発的に上がるようになってきました。良い傾向だと思います。
私自身、リコールの数を減らそうとは言わないし、思ってもいません。事業判断として必要であれば踏み切りましょうというスタンスだからです。

6. 事故を契機に設けた「製品安全学習室」

――事故を風化させないために取り組んでいる活動があればお聞かせください。
上原:事故発生当時はすべての作業を止め、全社員が来る日も来る日も手分けしてビラ配りに奔走しました。対象機の回収にあたった社員もいます。流れていたCMはすべて回収を告知する内容に差し替えました。今から20年前のことです。しかし、時間の経過とともに当時を知らない社員が増えてきました。

そこで、事故を風化させないための「製品安全学習室」を大阪・枚方ひらかた市の研修センター内に設けました。毎年の新入社員は必ずここで研修します。彼らが主任に昇格する時も、課長になるときも見てもらう。折々の節目研修や幹部を対象とする研修時にも見学してもらいます。そういう接点をできるだけ持ってほしいと願っているからです。
――学習室は全従業員、階層に対する安全文化の醸成に役立っているわけですね。
上原:社内向けの施設ですから、当時の資料類を包み隠さず公開しています。事故発生当時の報道の動画や事故を伝える新聞をはじめとして、事故の全貌が文字通り学習できるようにしてあります。
ビラ配りや回収にどれだけの社員がどれだけの作業をしたか。お客様からどんなお叱りや抗議の電話があったか。それに対して当社としてどのように対応したか。そういうリアルなコンテンツが集められています。

7. 最後の一台を回収するまで終わらない

――事故当時は会社がつぶれてもおかしくないほどの事故と言われていましたね。
上原:学習室の展示資料には、経営危機につながるかもしれないことを伝える当時の首脳陣の生々しい証言も残されています。一つの製品不安全事故で会社が倒れる可能性もあります。
このため、この事故の経験を絶対に風化させてはいけないという思いから、社内に「FF対策室」を設けました。
当社としては、最後の1台まで回収するという心構えで、暖房機を使う時期になると、現在も寒冷地には当該機種の回収への理解と協力を求める新聞広告を打ち続けています。併せて回収のために一軒一軒訪問するローラー作戦で粘り強く調査を続けています。
――事故から20 年経って、回収はどれくらい進んでいるのですか。
上原:台数ベースでなく、率でいうと80%を切るくらいでしょうか。廃棄されたり、東日本大震災で行方が分からなくなったりしたものは物理的にカウントできません。

緊急回収命令を受けている関係から、毎月、経産省に回収状況を報告しています。今も、年に1、2台の製品が使用状態で見つかり、回収しています。

8. 標準になってしまうと気づけない不正

――部署では、2年前に起きた品質不正問題の再発防止にも取り組んでいますね。
上原:製品事故への対処と同様、不正を発生させない仕組みづくりと起こったことを風化させない取り組みに力を入れていて、学習室にも関連展示をしてあります。日常管理で成果を上げるには10年、20年かけていかねばならないと思っています。

問題になった2年前の品質不正を端的に言うと、米国の安全規格の認証を受けるための試験に用いた材料が量産用とは異なる条件のものであったという事案です。試験方法は同じでも材料が異なれば正しい結果は導けません。そのようにした理由は簡単で、認証が通りやすくなる結果を得られるからです。
――長く行われていたのですか。
上原:恥ずかしいことですが、30年ほど行われてきた事例もありました。もちろん、30年前の人たちは不正の内容が分かっていたと思いますが、長年にわたって引き継がれると、それが標準になってしまう面がある。ですから、今回発覚した試験に携わっていた人たちは誰も、それが不正であることに気づけないでいました。そこにほころびの糸口があったように思います。今回はコンプライアンス問題を扱う社内部門の調査で明らかになりました。

9. 製品安全事故と品質不正の根は同じ

――本講演で聴講者に伝えたいメッセージがあればお話しください。
上原:私たちは事故から20 年を経た現在も安全文化の醸成に努めています。あの事故以降、人身に関わるような事故は幸いにも起きていません。未然に防ぐ仕組みづくりがしっかりと功を奏しているからだと思います。こうした取り組みに終わりはありません。

今回の講演の柱の一つでもある品質不正についても、1年や2年で終わるのではなく、製品安全に対する取り組みと同様、標準化し日常管理にまで落とせるくらい続けていくことが大切だと考えています。そうした取り組みを引き継ぐ次の世代の新たなアプローチ手法にも期待したいですね。