第122回 品質管理シンポジウム
小倉 隆史氏 特別インタビュー
「失敗と挫折から得たもの」

第122回品質管理シンポジウムの特別講演者である小倉 隆史氏(FC.ISE-SHIMA 理事長兼監督)に、同シンポジウムの主担当組織委員である田熊 範孝氏(NECファシリティーズ株式会社 取締役会長)が講演内容に因んだインタビューを実施しました。
現役時代は左足で強烈なシュートを放ち、「レフティーモンスター」と呼ばれた天才ストライカー。10代でオランダに渡り、「将来は日本代表の中心選手」と期待された小倉氏は、その後、選手生命を奪いかねない重傷を負います。絶望を味わったリハビリから、サッカー選手に必要なもの、失敗との向き合い方、スポーツによる地方創生などを同氏ならではの切り口で語っていただきました。
シンポジウムに参加される方だけでなく、多くの方にお読みいただければ幸いです。
2026年6月3日掲載
小倉 隆史(おぐら たかふみ)
1973年、三重県鈴鹿市出身。四日市中央工業高校ではエースストライカーとして活躍し、3年生の時に第70回全国高等学校サッカー選手権大会で優勝。その翌年の1992年に名古屋グランパスエイトに入団した。1993年にはオランダ2部リーグのエクセルシオールへレンタル移籍し、チーム得点王となる活躍を見せる。帰国後にパウロ・ロベルト・ファルカン監督率いる日本代表に選ばれ、アトランタ五輪予選でもエースとして本戦出場に大きく貢献。
引退後はテレビ番組「スーパーサッカー」「NEWS23」などに出演し、解説者として人気を博す。
2016年シーズンには名古屋グランパスエイトのゼネラルマネジャー兼監督を務めた。その後、東海社会人サッカーリーグに所属するFC.ISE-SHIMAの理事長兼監督に就任し、活躍の幅を拡げている。
引退後はテレビ番組「スーパーサッカー」「NEWS23」などに出演し、解説者として人気を博す。
2016年シーズンには名古屋グランパスエイトのゼネラルマネジャー兼監督を務めた。その後、東海社会人サッカーリーグに所属するFC.ISE-SHIMAの理事長兼監督に就任し、活躍の幅を拡げている。
田熊:小倉様は、Jリーグ創成期に鮮烈な輝きを放ち、10代で海外にわたり、20代前半での大怪我、手術の失敗、そして長いリハビリ……。幾度もの挫折を味わってこられました。
小倉:はい。1992年に名古屋グランパスエイトに入団し、翌年にオランダ留学にて2部リーグのエクセルシオールへレンタル移籍しました。その後帰国し、日本代表に選出されたのですが、1996年2月のオリンピック代表合宿中に右足後十字靱帯を断裂する大怪我をしてしまいました。
当時の日本ではスポーツ整形が今ほど確立しておらず、最初の手術は長時間に及んだ末に麻酔トラブルも重なり、結果として有効な処置がなされなかった。もう一度“怪我をやり直した”ような状態で、再手術を迫られることになりました。
当時の日本ではスポーツ整形が今ほど確立しておらず、最初の手術は長時間に及んだ末に麻酔トラブルも重なり、結果として有効な処置がなされなかった。もう一度“怪我をやり直した”ような状態で、再手術を迫られることになりました。
田熊:人生が断たれたような感覚と伺いました。

田熊:そのような中、どのようにしてモチベーションを維持されたのでしょう。
小倉:オランダサッカー協会にあるホテルに滞在し、週末は日本レストランをされていた島田さんにお世話になりましたが、平日は1人きり当時スマホやSNSもそこまで進んでおらず、普段話せる相手は自分自身だけでした。特に最初の3ヶ月は『軟骨が元に戻らなければサッカーをやめなければいけない』と言われていた状況だったので、たとえ空が晴れていても、心の中は常に曇っているような日々を自問自答を繰り返す毎日でした。結局、答えはシンプルで、「ピッチに戻りたいのか、どうか」戻りたいならやるべき事は『怪我を治す!その為にリハビリに精進する』今できることはそれしか無い。とタラ・レバを捨て前を向いて進もうと心に誓いました。
その目的から逆算して、毎日、晴れない心の天気と付き合いながら、「根本に立ち返る」ことを習慣化したんです。
その目的から逆算して、毎日、晴れない心の天気と付き合いながら、「根本に立ち返る」ことを習慣化したんです。
田熊:根本に立ち返ったのですね。
小倉:はい。そうでした。同時に、高校選手権で優勝して知名度が上がって以降の己を顧みて、『多くの人からどのように見られているか』といった自意識など、私にとって無駄なものが多かったことにも気付かされました。それらをそぎ落とし、根本に立ち返ることで、自分がやるべきことや本当に必要なものが明確に見えてきたのが、あのリハビリ期間だったんです。
田熊:小倉様は19歳で海外に出て、色々感じられるものがあったと思います。これから日本が「強さ」を取り戻す上で、どのあたりが課題となってくるのでしょうか。

それと、多様性を“受け入れてから考える”習慣。みんなと同じであることを強いるのではなく、違いを前提に設計する。僕は子どもにも、「親も人間、間違うことはある。自分の感覚で言葉にしなさい」と伝えています。
個性が立った上でのチームワークは、単なる“同調”とは質が違います。スポーツでも、瞬間の自己主張が勝敗を分けます。
田熊:よくわかります。NECにバレーボール部があるのですが、セッターの選手に話を聞くと、ラリー中、アタッカーがセッターに「今、私にトスを上げろ!」と強い自己アピールをする選手にはトスをあげる、と言っていたことを思い出しました。
企業でも“過剰品質”や“頑張りの方向違い”が問題になります。
企業でも“過剰品質”や“頑張りの方向違い”が問題になります。
小倉:本当にそうです。「頑張っています」は自己評価であって、「何に対して頑張るか」が重要なのです。サッカーなら監督が求める原則に対して、会社なら経営の方針に対して頑張っていく。
過剰品質についても同じです。リソースには限りがあります。価値の源泉にリソースを集中し、不要な工程はそぎ落とす。スポーツで言えば、“走ればいい”ではありません。走るべき局面で最大値を出すための準備と設計が必要だと思います。
過剰品質についても同じです。リソースには限りがあります。価値の源泉にリソースを集中し、不要な工程はそぎ落とす。スポーツで言えば、“走ればいい”ではありません。走るべき局面で最大値を出すための準備と設計が必要だと思います。
田熊:小倉様は現在、FC.ISE-SHIMAの理事長兼監督でもあります。サッカーの場合は、監督がピッチに入っていけない“もどかしさ”というものはありませんか。
小倉:サッカーは試合が始まれば、それは選手たちのゲームです。監督の勝負は準備段階、つまりプロセスの設計。役割定義、原則の共有、意思決定の優先順位、モチベーションの方向づけ。ここで8割が決まると思っています。
組織が大きくなるほど、トップは“全部は見られない”。だからこそ適材適所、そして信頼です。最終的には「人間性」に行き着く。信用・信頼に足る人でなければ、どれだけ戦術や施策が優れていても、組織は動きません。
組織が大きくなるほど、トップは“全部は見られない”。だからこそ適材適所、そして信頼です。最終的には「人間性」に行き着く。信用・信頼に足る人でなければ、どれだけ戦術や施策が優れていても、組織は動きません。
田熊:“失敗”とはどう向き合えばよいでしょう。

田熊:伊勢市という歴史ある街で「スポーツ文化」をつくる難しさもあるのでしょうか。
小倉:父は「伊勢型紙」の職人でした。江戸小紋など、極めて細かい柄を彫り抜く仕事です。そこには、品質に対する厳格さと、何代にもわたって受け継がれてきた世界観を守る気力がある。一方で、守るだけでは衰退します。伝統に敬意を払いながらも、飛び出す勇気がなければ新しい価値は生まれません。
歴史ある地域だからこそ新しい試みに対して動きが鈍くなることがある。「現状維持は、静止ではなく衰退の始まり」——この感覚は、職人の背中や街の空気から強く教わりました。
歴史ある地域だからこそ新しい試みに対して動きが鈍くなることがある。「現状維持は、静止ではなく衰退の始まり」——この感覚は、職人の背中や街の空気から強く教わりました。
田熊:FC.ISE-SH IMAがスポーツ文化を醸成していく起爆剤になりうると。
小倉:日本では人口減少が著しく、『地方創生』が叫ばれています。FC.ISE-SH IMAが拠点を置く三重県も例外ではありません。人の流出が多くUターンもほとんどありませんから、人口が減ってきているんです。その中で私たちに何ができるのかと考えた時に、地元のサッカークラブが地方創生に一役買えると思っています。地域での存在意義をしっかり踏まえたうえで、シンボリックな存在になれるように試合で結果を残しながら、多くの人々に愛着を持っていただけるクラブに育てていきたいですね。

インタビュア:田熊 範孝 氏
NECファシリティーズ㈱ 取締役会長
*122QCS主担当組織委員
*122QCS主担当組織委員
田熊:まさに挑戦ですね。
小倉:地域連携がなければ、スポーツは根づきません。行政、企業、地元の皆さんの理解と協力が不可欠です。国体(現:国民スポーツ大会)を契機に“スポーツ文化”を定着させる挑戦もしましたが、歴史や慣習の中で「新しいこと」への反応は鈍くなりがちです。
それでも、まずは大人が挑戦する姿を見せること。失敗しても、挑む背中を“見せ続ける”ことが役目だと思っています。
それでも、まずは大人が挑戦する姿を見せること。失敗しても、挑む背中を“見せ続ける”ことが役目だと思っています。
田熊:本日は、貴重なお話をありがとうございました。シンポジウムでの講演が本当に楽しみです。
記事まとめ:安隨 正巳(一般財団法人 日本科学技術連盟 品質経営創造センター 部長)