第114回 品質管理シンポジウム

工藤公康氏 特別インタビュー

「チームづくりと人財育成」


第114回品質管理シンポジウムの特別講演者である工藤公康氏(福岡ソフトバンクホークス前監督)に、同シンポジウムの主担当組織委員である小笠原浩氏(㈱安川電機代表取締役会長兼社長)が講演内容に因んだインタビューを実施しました。
シンポジウムに参加される方だけでなく、多くの方にお読みいただければ幸いです。
2022年10月3日掲載
小笠原:工藤様は、2015年にソフトバンクホークスの監督に就任し、7年間に3度のリーグ優勝、5度の日本一に輝きました。日本一は、2017年から4年連続でパリーグ初の偉業を成し遂げられました。「チーム作り」という観点のお話をまずお聞かせください。

工藤 公康(くどう きみやす)
1963年、愛知県生まれ。1981年ドラフト6位で西武に入団。歴代最長となる29年間プレーして、優勝14回と日本一11回を経験し、「優勝請負人」と呼ばれた。日本シリーズMVPを2回獲得したほか、数々の栄冠に輝く。2011年引退を表明。2015年から福岡ソフトバンクホークスの監督を務める。2016年野球殿堂入り。
工藤:決して最初からうまくいったわけではありませんでした。ソフトバンクホークスというチームの中で、全員が一つの方向性や考え方を共有できるかと言うと、ここは本当に難しい部分でした。トレーナー、トレーニングコーチ、選手、コーチ、監督がそれぞれの考え方を持っていますが、一つの考え方が全員で共有できていたかと言うと、最初はほぼできていませんでした。
小笠原:企業経営でも、トップの考えを全社員が腹落ちし、全社に一本筋を通す、ということはとても難しい部分です。
工藤:私が最初にチーム内で考え方を共有するためにやったことは、「ユーティリティプレーヤー」の重要性を唱えたことでした。
なぜ、ユーティリティプレーヤーが重要かを簡単に言うと、ユーティリティプレーヤーが何人かいるだけで作戦のバリエーションが大きく拡がってくるからです。
打つだけの選手ですと、場面によっては出塁すると代走を送らなければなりません。足が遅いと得点にならない、また、代走で出場した選手が一つのポジションしか守れないのでは、選手起用の幅が広がらないだけではなく、選手の育成もできません。結局、選手の育成ができないことで、目に見えない部分で試合に負けてしまう。それを目に見えるようにするよう努めていました。
小笠原:ユーティリティプレーヤーを重視されたのですね。

小笠原 浩(おがさわら ひろし)
1955年生まれ。1979年九州工業大情報工学科卒業、株式会社安川電機製作所(現株式会社安川電機)入社。主にソフトウエア開発畑を歩み、2006年より取締役に就任、2013年取締役常務執行役員、2015年代表取締役専務執行役員を歴任し、2016年代表取締役社長となり、現在に至る。2022年3月代表取締役会長兼社長 人づくり推進担当。 中国統括。ICT戦略担当。
工藤:ユーティリティプレーヤーをつくることで全体の活性化にもつながり、選手の課題を見つけることにも役立ちます。私は、二軍選手には「打つだけでは一軍に上げないよ」と常に言ってきましたし、守備の良い選手はとことん守備を、足の速い選手はとことん走塁を磨け、と伝えてきました。この考え方をチーム全体に共有し浸透するようにしていました。
小笠原:いわば、“チーム作り”についてトップ方針を明確に掲げたと言えますね。
工藤:チーム作りの点で言えば、野球は「どんなチームにしたいのか?」からスタートし、そこから組織づくりをします。
球団のGM(ゼネラルマネージャー)は、(当然)野球を経験していない方が務めるケースが多く、どういうチームを作るか、が先ではなく、組織を作り、そこからチーム作りを始めようとします。

私は、監督在任期間中もシーズンオフには、アメリカに行って、メジャーリーグ球団のGM補佐や監督に会って話を聴くようにしていました。
日本のプロ野球は、1軍、2軍の連携が極めて弱いのですが、メジャーリーグは連携が強固です。その理由に、「巡回コーチ」という役割が挙げられます。巡回コーチは、投手、野手すべての情報を1Aから3Aも含め一元管理をしています。その報告をGMが受け取り、チーム編成を考えます。これがチーム作りには効力を発揮するのです。
小笠原:「人財育成」、という視点ではいかがでしょうか。
工藤:私はもともと人を育成することが好きで、本来は監督向きの人間ではないです(笑)。

日本のコーチは、よく「なかなか選手が育ちませんね。やはり時間はかかりますよ」と言うのですが、これは間違っていると思っています。
生理学や運動科学を学ぶと、人間の体は3か月で変わりうることがわかっています。投手の球速も3か月で上がります。足も速くなるんです。しかし、野球しかやってきていない人は、そのように考えられない。

監督としては、コーチ、選手を含め、私の考えを一本化して、共通の認識を持たせることを重要視ししてきました。ただ、監督就任後2年目にコーチに抵抗しようとし過ぎて失敗した苦い経験があります。
小笠原:意外ですね。どのような失敗を?
工藤:自分ですべてをやろうとしてしまった。その結果、リーグ優勝も逃してしまいました。この反省を活かし、3年目からコーチの話をよく聴いて、基本的に任せるようにしました。
ただし、ここで気を付けたのは、トレーニング、知識、技術など、自分がある程度これらを知っていないと、彼らを納得させることはできない。コーチが医学の話をしたら医学の話をする、トレーニングの話をしたらトレーニングの話をする。野球の技術の話をしてきたら技術の話をするようにしました。
幸いにも、現役時代から、常にあらゆることの勉強をしてきたつもりですので、それがここで活きました。

選手を育てる、と言っても、簡単にはいきません。ですので、先程お話しした通り、野手はユーティリティプレーヤーづくりから始めます。投手は、一人ひとりのファイルを作り、トレーニングメニューを課しました。次の世代の選出に、秋から鍛えてオフの過ごし方を含め、課題を与えていきました。
小笠原:一人ひとりにきめ細かく、課題を設定するのですね。
工藤:しかし、そのメニューをこなしてくる選手はほとんどいない…。「オフは休みではなく、トレーニングをする期間」ということを理解させるには残念ながら平均で3年はかかります。意識を変えるのには時間がかかるということです。意識を変えるために指導者がどういうことをするべきか、極端に言うとそれによって選手の未来も変わってきます。
小笠原:ソフトバンクホークスは、千賀滉大選手、甲斐拓也選手、周東佑京選手など育成出身選手の活躍が特に目立っている印象があります。このあたりは、何か秘訣があるのでしょうか。
工藤:「ソフトバンクは育成がうまい」とよく言われるのですが、私は育成契約から支配下登録する選手を選ぶ際、「一芸に秀でた選手を支配下登録して欲しい」と球団にお願いしていました。
例えば、周東選手は、育成の時から代走だけで得点が取れる。足だけで注目を浴びられる選手でした。甲斐選手は、バッティングはよくないが、キャッチャーとしてのスローイングスピード。ワンバウンドを止める技術は、レギュラーになる前から図抜けたものがありました。一芸に秀でていれば、やっている中でその他のものが後からついてくるのです。
小笠原:実際、周東選手も甲斐選手も、後から結果がついてきていますよね。
工藤:二軍の選出が一軍に上がると、最初は一軍と二軍のギャップを強く感じます。しかし、一軍で試合に出ている間に、少しでも結果が出ると、一軍でやっていく“コツ”みたいなものが見えてきます。そうすると自分の向かっていく目標も明確になります。経験をさせないと、「いつまでたっても、自分は下なんだ」となり、目標も明確にならず成長できません。

だから、私はできるだけ一軍にすぐ上げるようにしていました。一軍に上げて、二軍に落とすの連続です。ただ、この上げる下げるも選手の性格によります。メンタルが弱い選手を二軍に落とすのは慎重に行いました。メンタルが強い選手は反発力がありますので、二軍に落とす時、課題を与え、「それをクリアして一軍に戻ってこい」と必ず言っていました。そういった中で、少しずつ選手が成長し始めた気がします。
よく「環境が人を育てる。」と言いますが、実際その通りだと思います。
小笠原:そのあたりの人財育成のポイントは、シンポジウム当日にも是非お話しください。
工藤:選手を一定の“型”にはめるとマニュアル通り動いてくれるので、ある部分まではよいのですが、自分で考えることができないと、驚くほどの成果、例えばここ一番の場面で予想外の結果を出せることはないですね。
小笠原:型にはめたら面白くないですね。日本の製造業では、「○○管理」ということばが多い。ただし、意外と管理と監視が混同してしまうケースが多い。監視すると管理したような気になるが、それは違うんです。 日本がこれから世界に勝っていくために「型にはめない」ということは重要なポイントだと思います。
工藤:私も型にはめようとは思わないですね。でも基本は重要です。基本を身につけたら、あとは例えばどういうグローブの出し方が自分に一番あうのか、などと考えたらよいのですが、基本を覚えると「できる」と勘違いしてしまい、そこで成長が止まってしまう選手も多いものです。
小笠原社長:「失敗」については、どうお考えでしょうか。
工藤:失敗しないと自分と向き合えない部分は確かにあります。それと、指導者としては、失敗した時のケアをどうするかですね。私は、失敗したことでは怒りませんでした。ただし、失敗したことを本人とよく話をするようにしていました。それにより、早出練習をコーチにお願いしたり。コーチには、「早く前を向くようにさせてやってくれ」と言っていました。

一軍は二軍とでは全く違います。一軍は勝たなければならないというプレッシャーが強い、その分自分ができなかった時の落ち込みは大きいものがあります。
そういった点でも、メンタル面でのフォローは重要です。精神科のお医者さんにも相談しながら選手と接していました。実際、メンタルをやられて練習ができない選手がいたのは事実です。私たちの現役時代は「やれ!」で終わりしたが(笑)、監督・コーチの向き合い方も私の現役時代とは、全く違ってきます。
小笠原社長:企業も同じですね。働き方改革、ハラスメント…。極端に言ってしまえば、「何もしゃべらないこと」になってしまうくらい難しい。時代の変化ですね。でもその中でやっていくしかありません。
企業においても、当然、失敗はあります。私も相手によって叱り方を使い分けています。
工藤:私が、西武ライオンズに入団してすぐ修行としてアメリカにいかせてもらったのですが、アメリカに行って、日本との環境の違い、育てられ方、ものの考え方の違いを痛感しました。

アメリカは、メジャーリーグをトップに3A、2A、1A(ルーキーリーグ)とピラミッド構造になっています。最下層の1Aの選手がクビを球団から宣告される場合、日本なら「オレは野球では無理だ…」となるのですが、私が1Aで修行していた時、クビになった選手が5人いたのですが、全員が「今回たまたまダメだっだだけ。おれはやればできる人間だ。いつかはメジャーリーガーになってアメリカンドリームを手に入れる」とか「人の可能性は無限大だから、俺はやればできるんだ」などと言うのです。私からすれば、「1Aでクビになった選手が何を言っているの??」と驚いたのですが、とにかく、志向がポジティブ、自分の可能性をとことん信じていて、野球の技術的なことよりも、そこが一番勉強になりました。

それまでの私は、「自分のことをよくしよう」ではなく、周りをみて自分を評価していました。この時に考え方を変えられたことが、私のその後の選手生活に大きく活きたと思います。
小笠原:最後に、品質管理シンポジウムに参加する企業の経営者・経営幹部に向けたメッセージをお願いします。
工藤:見えているものだけが正しいわけではなく、その奥にあるもの、視野の届かないところにも探求しなければならないことはたくさんある、ということを意識することでしょうか。それは、「未来が見えてくる思考」と言い換えることできると思います。

私は子供のころから、必ず「?」を常に考えるようにしてきました。合点がいっても「?」、今やっていることについても「?」、常にもっとよい方法はないのか?を考えるクセをつけてきました。

ソフトバンクのコーチがそうだったのですが、言われたことしか反応しない。自分の知らないこと、見えないものは拒否する、という部分がありました。 先程申し上げた「思考」ができないからです。

私が、この選手がどうすれば活躍できるのか?と問いかけても、明確な答えが返ってこない。
こちらが具体的なイメージを話すと、「もっと早く教えてくださいよ…」と言う。
それを考えるのがコーチの仕事にもかかわらず…。


また、試合で選手がエラーすると「そりゃ、エラーもありますよね…」と守備コーチが言うのです。
守備コーチはエラーを少なくすることが役割の一つなのだから、それを言っては絶対にダメです。監督が言うセリフです。

なので、私は時には選手とコーチと3人で話し合いようにしました。選手はモチベーションが高いのですが、コーチは監督の方を見るのか、選手の方を見るのか?向く方向を考えている。3人でしっかり話をすることで、よいバランスの中でよい三角関係ができあがります。
このような場で、自分のイメージする野球はこうだよ。と伝えるのが結果的に一番早いんです。野球の試合をやっている時よりも、むしろこちらの方が重要かもしれません。
試合での監督の仕事は、監督全体の仕事の2割程度です。それ以外にやることがむしろ重要だと思います。この部分は、企業の経営幹部の皆さんにも共通する部分だと思いますので、参考にしていただければと思います。
小笠原:本日は、貴重なお話をありがとうございました。シンポジウムでの講演が本当に楽しみです。
記事まとめ:安隨 正巳(一般財団法人 日本科学技術連盟 品質経営創造センター 部長)