クオリティフォーラム2021

登壇者インタビュー

「失敗学」と出会って約3年。
「失敗のカラクリ」を領域全部で共有して、
  他人の失敗を自分事に!
~失敗の教訓を未然防止につなげる IHIの意識改革への取り組み~

株式会社IHI
資源・エネルギー・環境事業領域 品質保証部 主査
井戸 伸和氏に聞く

聞き手:廣川州伸(ビジネス作家)
井戸 伸和 氏

井戸 伸和 氏

株式会社IHI
資源・エネルギー・環境事業領域 品質保証部 主査

2000年4月IHI入社。技術開発本部生産技術センターで超音波探傷技術の研究開発に携わる。2010年4月に原子力セクターに異動し、加圧水型機器の検査技術の開発に携わる。
2015年4月、原子力分野の品質保証担当となり、海外向け機器の品質保証を進め、2018年4月から現職。
2019年4月から兼務で失敗学セミナー、リーダー指導会の企画運営に携わっている。

1.IHIの沿革と「資源・エネルギー・環境」領域

――御社の事業について、おおよその沿革を教えてください。
井戸:当社は1853年に創設された日本初の近代的造船所「石川島造船所」を起源とし、造船で培った技術をもとに、陸上機械、橋梁、プラント、航空エンジンなどに事業を拡大してきました。
1960年に石川島造船所の流れをくむ石川島重工業が、播磨造船所と合併して「石川島播磨重工業(Ishikawajima-harima Heavy Industries)」となった後、2007年にグローバルブランド強化を促進するため,社名を「IHI」に変えました。
IHIは「技術をもって社会の発展に貢献する」という経営理念のもと、総合重工業グループとして「資源・エネルギー・環境」「社会基盤・海洋」「産業システム・汎用機械」「航空・宇宙・防衛」という4つの事業領域を中心に、新たな価値を提供しています。
――井戸さんが所属する「資源・エネルギー・環境」事業領域について教えてください。
井戸:大きく俯瞰すれば,人びとの生活や産業に欠かせないエネルギー供給のための設備・サービスを提供するとともに,地球の未来のため脱CO2・循環型社会に向けての取り組みを進めています。

当社は2017年4月に組織改訂を行ない、1事業本部8セクターを廃止して「資源・エネルギー・環境」「社会基盤・海洋」「産業システム・汎用機械」「航空・宇宙・防衛」の各事業領域を設け、遂行組織としてSBUを配置しました。
各SBUは、事業領域が立案するビジョンや戦略に基づいて営業・開発・設計・生産・建設・サービスなどの一貫したビジネスプロセスを有する単位とし、SBU連結での利益責任を負っています。
――資源・エネルギー・環境という事業領域には、どんなSBUがあるのでしょう。
井戸:最適な領域を模索しており、毎年のように変えています。2017年の資源・エネルギー・環境の事業領域には、「ボイラ」「原子力」など9つのSBUがありました。2019年度には「ボイラ」「原子力」など5つのSBUになりました。経営資源の集約を図るとともに市場のニーズの多様化に機動的に対応し、収益力を強化することを目的としたものでした。
今年度から領域に横断的に関わる「カーボンソリューションSBU」を新設し、カーボンニュートラルな社会の実現を目指し、当社が培ってきた技術を通して、脱CO2・循環型社会の実現に向け様々なソリューションを提案・提供しています。

2.研究所を経て、品質管理と関わる

――井戸さんご自身のキャリア、プロフィールを教えてください。
井戸:私は2000年4月の入社で、技術開発本部 生産技術センター 生産技術開発部という部署に配属になりました。私は生産技術の中でも検査技術、特に超音波探傷といって金属材料のなかを超音波で検査する技術の研究開発に携わっていました。具体的には難検査材である9%Ni鋼溶接部の探傷技術や火力発電用ボイラ配管の予寿命評価技術の開発などに携わっていました。その後2010年に当時の原子力セクターに移っています。
当社は、原子力分野では「沸騰水型原子炉の機器」の供給がメインでしたが「加圧水型機器」も供給しようということで開発を進めていた時期。そこに私も加わりました。そのセクターでは、原子力発電プラント、原燃サイクル関連施設から、2011年3月の東日本大震災以降は、除染・廃炉に関するプラント、放射線廃棄物処理・貯蔵・処分関連施設・設備などの事業を進めていました。
東日本大震災以降は原子力事業の環境は激変しており,その対応のためにリソースの最適化を行っていました。そのタイミングで、私は検査技術の開発から品質保証に関わるようになりました。
――どのような製品を担当されたでしょうか?
井戸:海外向け原子力機器の品質保証を担当しており,調達先の監査や不適合の処理などを担当していました。2018年4月から今の部署に異動。プラント関係の品質保証を1年間担当し、その後、各SBUを束ねる領域全体の品質保証をみる機能が追加されると、そこの担当になりました。
――失敗学との出会いは、どんな感じだったのでしょうか。
井戸:2018年度のこと。いくつかの大きいプロジェクトが、当初の計画に対して余計なコストがかさみ、業績が下振れするという事象が多発していました。その下振れは何としても止めなければ事業を持続していくことも難しくなります。
脱CO2の流れが加速して事業環境が厳しくなるなか、さらに、われわれのプロジェクトそのものが、お金を稼げる状態ではなかったのです。その下振れを止め、利益を出していくのが急務となっていました。
もちろん下振れがあれば、その原因を調べ、再発防止に努めていました。ただ業績悪化に関する報告書を読んでも、何というのでしょう、納得感がもてなかった。分析している人は真剣にやっているのですが、内容そのものが的を射ているのか疑問もあったのです。
――なるほど、そういう感覚だったのですね。

3.失敗学導入の背景

――濱口先生との出逢いは、いつのことでしょう。
井戸:IHIとしての最初の出逢いは原子力SBUでの講演です。原子力SBUでは、毎年10月26日の原子力の日や東日本大震災が起きた3月11日に外部講師を招いて講演を聴くのですが、2018年3月の講演が、失敗学の濱口先生でした。その講義を当時の上司がたまたま聞いていて目を付けたそうです。当時,エネ領域全体として下振れが問題になっており,今までと同じ対策を繰り返していても改善しないので,何か良い案はないかと領域の幹部,関係部署と当部が議論をしていた時期でした。これは良さそうだということで領域全体に活用しようという動きになりました。
私は今までの分析の質を変えていくいい機会と考えて講義を受けたわけですが、もうびっくり。目からウロコがボロボロ落ちました。
――目からウロコは、濱口の圧倒的なパフォーマンスのおかげでしょうか。
井戸:とても刺激的でした。失敗のとらえ方と有効活用、さまざまな失敗事例を通して学んだ情報を、いかに上位概念としてとらえ、水平展開していくか。原因分析の方法論や知の構造化,これまでの原因分析方法との違いなど熱く、わかりやすく、面白く解説していただきました。
――どのようなところが、とくに響いたのでしょう。
井戸:個人的な話しになりますが、濱口先生は、私が報告書を読んで納得がいかなかったところにも、ズバリと切り込んでいました。
まず、下振れが発生したことに対して「計画が甘かった」という分析結果がありました。確かに初期計画からずれてしまった事が下振れなので,結果から見れば計画が甘かったということなのかもしれませんが,計画したときはその計画でOKとしてたはずです。そのOKとしていた理由に踏み込まなければ計画からズレたことの原因はつかめません。それを濱口先生は指摘されていました。
また「リソースが不足していた」という報告も、「本当にそれが原因か」と思っていました。たとえば人手が足りないから、どんどん図面作成が遅くなり、ずるずると影響してしまった。確かに、そういう面はありました。ですが,よくよく経緯を見ると計画変更が入ったことでその対応に人手がかかるようになったとあったりします。では,その計画変更のところをもっと分析しないといけないのではないかと思っていました。
――失敗の定義なども独特です。
井戸:はい。失敗するのは人間だから、人間の行動について分析しなければならないという考えは、自分の技術者としての体験に照らしても納得がいきました。そのとき、入社以来の研究テーマだった超音波探傷検査の研究開発を思い出しました。
超音波探傷では、超音波を出して材料のなかから返ってくるエコーを波形で判断しますから、実際に、中は見えていない。波形だけが頼りです。ただ超音波の波形だけで判断するため、欠陥の見逃しもあれば、過小評価もあります。それが何とかならないかという問題意識を、ずっと引きずってきたわけですが、濱口先生の講義が、そこに刺さりました。
――人間が失敗するのは、それと同じ構造になっている?
井戸:超音波はウソをつかない。超音波という物理的なことが失敗するのではなく、人間の判断で失敗した。誤判断するのは人間のほうです。私の20年前の経験を照らし合わせたらバシッと合った。解釈する人間が問題という部分は、とくに納得したことです。

4.失敗学分析スキルの習得に向けて

――その後、すぐ濱口先生の実践編セミナーを始めておられます。
井戸:そこは業績の下振れを何とかしたいという強い思いもあり、早かった。濱口先生には、実践セミナーとリーダー指導会をお願いしました。2019年度にスタートして2年間が終わり、今は3年目に入ったところです。
実践編セミナーは午前10時スタートで午後5時までと丸一日、じっくりと。ただ濱口先生は「語り足りない」と思われている。確かに、はしょってしまった内容は、アンケートなどで「もっと聴きたかった」という評価になっています。語るべきことも、学ぶべきことも、まだまだたくさんありました。
――リーダー指導会も、同じようなタイムスケジュールでしょうか。
井戸:大体1チーム1時間ほどの時間をとり,1日4~6チームで実施しています。リーダー指導会は、各SBUからリーダーを数名選出してもらい、失敗学のフレームワークの作り方などを学んでもらう内容で、6名程度ずつ4SBUで毎回20名~30名、濱口先生から直接指導していただく機会を設けています。
また、年度の終わりには「レベル認定」という形で、濱口先生にフレームワークをみていただいて、フレームワークを作れるレベルになっているか、試験というか判定していただくこともしています。認定されたリーダーには実際に業務の中で失敗学のフレームワークを使って頂くことを期待しています。
――2019年度は、それぞれ何回ほど開かれたのでしょう。
井戸:セミナーは4回。参加者は、会場に合わせて100~200名くらいだったと思います。リーダー指導会は、選ばれたリーダー24名の他にも聴講者を募集するので、多いときには100人くらい参加していました。
――2020年度からは新型コロナ対策が始まり、混乱しませんでしたか。
井戸:2020年度は年6回のセミナーを企画していましたが、4月のセミナーはホールに集める形だったので、緊急事態宣言を受けて中止しました。6月にはリモートで進めるようにしたため、2020年度は一部リモートのセミナーを5回実施しました。
リーダー指導会については5回行っています。当初は集まってもらう形にして、広い会場でディスタンスを保って行ないました。その後、コロナ禍が長引くなかで一部をリモートの参加として、後半では完全リモートで進めました。
――リモートでの開催は、うまくいきましたか。
井戸:それが意外に、しっかりできてしまうという印象です。セミナーでは会場の関係で参加人数が100名程度までと限られますが、リモートならより多く参加でき,実績として400名ほど参加頂く回もありました。大人数になると回線キャパが足りなくなったりしますが、多くの社員が学べたのはよかったです。
――2021年度も、まだリモート中心でしょうか。
井戸:そうなります。今年度のセミナーは4回、リモート中心です。そのうち1回は、前からそうだったのですが、技術開発本部で企画しているものとなります。またリーダー指導会も5回予定。そのうち2回は社内スタッフだけで行い、濱口先生をお呼びせず進めるものです。3年目に入ったので、濱口先生に頼らず自分たちで進めてみようという試み。学ぶところはセミナーで学び、自分たちで指導して回せる形にしようという意図です。
――リーダー指導会では、年度末にレベル認定試験があるそうですが、合格率は?
井戸:8割くらいです。基本的に、2019年にリーダー指導会に参加した人は翌年には参加しません。試験に落ちた2割の人には「追試」をし、全員合格を目指しました。2020年度はレベルが上がっていましたが、最後に「落ちたくない」と思う人は、より真剣に受けていたと思います。

5.失敗学による分析実施の実務での定着

――失敗学セミナーは3年目ということですが、手応えはいかがでしょうか。
井戸:他の失敗学を導入している企業でも同じだと思いますが、すぐに「目に見える成果」にはつながらないと思います。当社でも、明確な成果は言えません。とくにわれわれは下振れを止めることを目的にしていましたが、それを直接的にみる指標がなく、その評価は難しい。まずは失敗学を共通の言語にしようと思っています。
セミナーについては、資源・エネルギー・環境事業領域の管理職には100%参加してくださいということで進めています。各SBUによって受講率は違いますが、現在、平均で75%くらいの管理職が受講されていますので、浸透はしているとみていいと思います。
――業績に紐づけるのは難しいのではないでしょうか。
井戸:われわれは、何とか、紐づけすることができないかと思っているのですが、業績につながっているか、判断する方法がありません。ただ、せっかく導入したので各SBUのなかで何か失敗があったら、フレームワークで分析し、「失敗のカラクリ」という上位概念にもっていく試みは進めています。それを領域全部で共有しています。
――共有するために、何か工夫されていることがあれば教えてください。
井戸:失敗のカラクリを「失敗学通信」という形で配信しています。各SBUから出してもらったフレームワークをわれわれで編集し、「失敗のカラクリ」や、失敗学のポイントなどをまとめて、領域全体に配信します。そこから自分の仕事のここがアブナイと思ってもらえたらいいと思っています。
また、フレームワークを作るにはコツがいるので、濱口先生の言葉を集めて「フレームワークを作成するポイント」シェアし、リーダー指導会のときにも配布しています。
さらに各SBUのなかでリーダーだけが失敗学のフレームワークを使うのではなく、不適合が起きたら再発防止のためにも、フレームワークを活用してくださいとお願いしています。
原子力SBUやカーボンソリューションSBUでは、ある基準以上の失敗はフレームワークを使って共有化する。SBU長にも報告がいくように運用していますから、やがて成果も見えてくると期待しています。

6.試行錯誤を超え、幅広いジャンルに適用したい

――セミナーで得られたことを、日常業務に活用するのは大変でしょう。
井戸:失敗学を他人事ではなく、いかに自分事としてもらうか。各SBUには日常業務のなかで発生した失敗に対して、とにかく年間20件以上のフレームワークを出して頂くこととして,強制的にそのSBUにとって重要な失敗を失敗学によって分析するようにしました。当社はまだ失敗学を導入して3年目ということで、他の人の失敗を自分事として、教訓として未然防止につなげていくという意識改革までは、まだいっていない状態です。
私個人としては、失敗学のフレームワークを幅広いジャンルに適用したいと考えています。
――フォーラムでは、そのご苦労もお聞かせください。本日はありがとうございました。