クオリティフォーラム2023 登壇者インタビュー

寺澤 康介氏

人への投資を経営成果につなぐ人的資本経営

「価値創造のための人事戦略  
  ~人財育成で会社を変革する~」

ProFuture株式会社 代表取締役社長CEO
HR総研 所長の
寺澤 康介氏に聞く

聞き手:伊藤 公一(ジャーナリスト)
寺澤 康介氏
ProFuture株式会社 代表取締役社長CEO
HR総研 所長
1986年慶應義塾大学文学部卒業。就職情報会社役員等を経て、2007年、採用プロドットコム株式会社(10年にHRプロ株式会社、15年にProFuture株式会社に社名変更)設立、代表取締役社長に就任。12年にHR総研設立、所長に就任。約8万人の会員を持つ日本最大級の人事ポータルサイト「HRプロ」、人事向けフォーラム「HRサミット」、経営者向けサイト「経営プロ」などを運営。著書に「みんなで変える日本の新卒採用・就職」「経営と人事 対話のすすめ」、編著に「経営を変える、攻めの人事へ」(いずれもProFuture出版)などがある。

1. 採用から人事全般、そして経営まで

――貴社は現在、どのような事業を行っていますか。
寺澤:当社は2007年の創業で、企業の人材採用担当者のためのポータルサイトからスタートし、業務の幅を人事領域全般に広げてきました。人事向けポータルサイトとしては日本最大級の「HRプロ」、同じく日本最大規模の人事向けフォーラム「HRサミット」などを運営しています。HRプロの会員登録者は現在約8万人を数えます。
併せて、人事領域向けのさまざまな調査を担う「HR総研」を社内に持っています。その調査レポートなどはWEBメディアやイベントなどを通して世の中に広めています。
ですから、端的に言えば、人事担当者や経営層の方々の参考になるような人事関連の情報を発信している会社といえるでしょう。
――創業のころ、なぜ人事に着目したのですか。
寺澤:私は創業前には就職情報会社に在籍していました。そういう関係から、最初は人事の中でも採用担当者に向けた情報発信を手がけていました。「当社の発信する情報をさまざまな採用活動に生かしてもらいたい」と考えたからです。しかし、そのうちに採用に近接するさまざまな人事領域のニーズがあることが分かりました。そこで、対象領域を人事全般に広げていったのです。
これを機に、社名を「HRプロ」に変え、同名のメディアを始動しました。やがて、人事の問題は経営領域でも重要になってくる。そうすると「HRプロ」という社名が人事に特化した印象を与えかねないと思いました。そこで、2015年に現在の社名、ProFutureに改めました。
このように、このような経緯で、採用領域から人事全般の領域へ、さらに人事領域の情報を経営層にも届けることになりました。

2. 会社軸から個人軸へのシフトが起きた

――各社の人事担当者や経営層からは、どのようなことに関心が寄せられていますか。
寺澤:人事というと、以前は非常に専門性の高い、管理的な業務を行うスペシャリストの業務という面が強くありました。規則やルールをちゃんと社員に守らせることが重要な仕事だったのです。
それが、20年以上前から、旧来の「管理型人事」から「戦略型人事」に変えていこうという機運が高まりはじめました。変化の激しい時代には、それに対応できる組織や人が求められるようになったからです。その意味で、経営目標や経営戦略を実現できる人事に関心が寄せられていると思います。
――この20年で経営層ばかりでなく、働く側の意識も変わってきましたね。
寺澤:その通りです。以前は会社の規則やルールに従うのが当たり前でした。異動も転勤もそうです。しかし、昨今は社員の価値観が多様化しています。出産、育児、介護など、家族の抱える問題も増えてきました。そうすると、会社を選ぶ時にも「会社軸よりも個人軸」が重視されるようになってきたのです。
昨今のような変化の激しい時代では、多様なライフステージで多様な価値観をもつ人たちの力をいかに引き出し、対応できる組織を作っていくかということが問われるようになると思います。ここ10数年の中で、そういう傾向がより強く出始めてきたと見ています。

3. 管理型人事から戦略型人事へ

――人事領域における昨今のトレンドをどのように捉えていますか。
寺澤:大きな流れとしては、先ほどお話した「管理型人事から戦略型人事」への移行だと思います。いわゆる高度経済成長期のように、社会や経済が全体として右肩上がりの時は、管理さえしっかりしておけば成長の波に乗っていくことができた。市場自体がどんどん大きくなるからです。
しかし、昨今のようにビジネスを取り巻く環境が激しい時代には通用しません。変化の激しい時代では、経営戦略もどんどん変わっていくからです。
例えば、会社が行う教育一つ取っても、かつては「会社はこういう教育をする。だから、それを学びなさい」というのが一般的でした。しかし、今後は、個人の興味や関心、価値観などに立脚した教育に変わっていきます。
まずは「何を学ぶのかを選ぶ」ところから個人のウエートを高めていく。「自分のキャリアや方向性を踏まえて選び取り、学ぶ」というふうに変わるでしょう。
――経営への貢献と個人の多様性に対応した人事施策が問われそうですね。
寺澤:はい。一見すると逆方向に向いているベクトルをうまい具合にすり合わせていくことが大事だと思います。人事部門としては掲げた経営目標に向かって戦略を実現すると同時に、多様な「個」が生き生きと働く会社を作る。それらを整合性をもって両立させることも重要なトレンドだと考えています。

4. 「人」を投資すべき資本と捉える

――このセッションのキーワードである「人的資本経営」とはどのような考え方ですか。
寺澤:要約すれば「人を投資すべき資本として捉え、経営戦略と人事戦略を連動させることで、人への投資を経営の成果につなげる」というものです。この内容自体は、日本独自の動きではなく、世界の動きに日本が連動しています。
例えば、企業価値に占める無形資産と有形資産の割合を米国の主要企業500社で調べたところ、無形資産の締める割合は90%であることが分かりました。日本ではまだ30%くらいですが、今後どんどん高まっていくでしょう。また、無形資産のうちでも「人的資産」が注目されています。欧米では人的資産に関する情報開示が始まっています。例えば「この企業はこういう人的資産がある」と評価した投資家が、その会社に投資する。それがスタンダードになりつつあるのです。
――投資対象としての「人」となると、人事部だけではなく経営者の意識が問われますね。
寺澤:実は日本でもそういう動きは盛んで、2023年3月期決算を終える企業から情報開示をしていくようになっています。「人事だけでなく、経営者がちゃんと投資対象として人を考えなければいけない」というトレンドです。
具体的には、2020年9月に経済産業省が旗振り役を務めた「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会」で報告書(通称『人材版伊藤レポート』)が発表されました。この報告書では「人を資本として捉え投資すべき対象として考えた経営」や「経営戦略と人事戦略を連動させた経営」の促進が謳われています。
――その動きはその後、どのように進んでいるのですか。
寺澤:2021年6月に改訂されたコーポレートガバナンス・コードでは、人的資本関連の情報開示が強調されました。これまで述べてきたように、企業の健全な成長を促進するのが狙いです。2022年5月には『人材版伊藤レポート2.0』が発表され、実践事例集もまとめられました。同年8月には数百社が参加した「人的資本経営コンソーシアム」が設立されています。
こうした流れの中で、人的資本経営の考え方や実践例、情報開示の義務化に伴う対応などがクローズアップされてきています。実際、大手社を中心に多くの企業の人事担当者が動向を注視しています。すでに、実践段階に入っているというわけです。

5. 人事部門は経営戦略を理解せよ

――人的資本経営の取り組みを成功に導くカギはなんだとお考えですか。
寺澤:『人材版伊藤レポート』と『人材版伊藤レポート2.0』を丹念に読むと、実に色々な要素が書かれています。例えば「3P5F」といった人事戦略構築手法の考え方があります。詳述は省きますが「3P」は人材戦略に必要な3つの視点(Perspectives)、「5F」は戦略に盛り込むべき5つの要素(Factors)です。ただ、人的資本経営を成功の導く共通の方法があると述べているかというとそうではなくて、「共通の正解はない。百社百様だ」ということです。要するに「自社の経営戦略を実現するにはどのような人事戦略が必要なのかを個々で考えよ」と説いているのです。そのためにも思い込みではなく、数値データで見て検証していくことが大切だとも説いています。
――「百人百様」ならぬ「百社百様」で、自社のストーリーを作るということですね。
寺澤:そうですね。繰り返しになりますが、最も重視されるのは、やはり経営戦略と人事戦略がどう連動しているかということです。ですから、経営部門と人事部門、あるいは事業部門も含めて社内でディスカッションすることが大切です。
肝心なのは人的資本経営を会社の重要テーマとして関係者が意識を共有し、検討していくことです。人事部門だけで決めて進めても、決してうまくいきません。その意味で、人事部門も経営戦略をよく理解していなければなりません。人事部門でない経営層の人たちも、自分たちがどういう人財戦略を取らねばならないかを考えるべきです。
社員にちゃんとフォーカスして寄り添い、対応していくことが企業の人財力を高め、経営戦略の実現に近づけることにつながると思います。そのやり方は百社百様です。そういう意識をしっかり持って進めないとうまくいかないのではないかと思います。

6. 人事の領域でも着実に進んでいるDX

――近年のデジタル化の進展は旧来の人事戦略をどのように変えたとお考えですか。
寺澤:昨今の人事領域では「HRテクノロジー」という言葉が盛んに使われています。その名の通り、HR(Human Resource=人事)とテクノロジーを組み合わせたもので、関連サービスもたくさん出てきています。変化の激しい時代を乗り切るために経営戦略と人事戦略を結び付けたい時、モノを言うのは数値データです。思い込みだけでは説得力がないからです。
確かな根拠もないのに「うまくいっていると思います」では通用しません。どういう人事施策を取り、それが経営にどう貢献している示す必要があります。人的資本経営の流れの中で経営戦略と人事戦略を連動させるためには数値データで客観的に捉えなければなりません。
その数値データを導き、分析するために活用されるのがHRテクノロジーです。さらに進んで、「HRDX(digital transformation)」という言い方もします。
――要するに人事のDX化ですね。
寺澤:先ほどお話した社員の多様性への対応も、何万人規模の会社にとって「個」レベルでの対応作業は物理的に困難です。その点、人力で処理するのは厳しくても、最新のテクノロジーやデータを活用すれば可能になりつつあります。まだ過渡期ではありますが、人事の領域でもDXが進んできていることは間違いないと思います。

7. 社会の役に立つようなリスキリングを

――昨今の人財育成は、刻々と変わる経営環境をどのように反映しているとお考えですか。
寺澤:経営戦略やビジネスのパラダイムが変わっていけば、その状況に応じて取るべき人財育成戦略も変わってきます。リスキリングもその一つです。ただ、個人の多様な志向性やキャリア、考え方にも沿って行かねばなりません。社員から見ると、一方的にリスキリングを強いられても、素直に受け入れられぬ点はあります。個人のキャリアや考え方、多様性を尊重する姿勢を明確に打ち出さないと人財の力を活用しづらいとも思います。
――一方、変化に応じてスキルを変えないと経営戦略が実現できない場合もあります。
寺澤:そうですね。会社としては非常に難しい状態にあると言えます。経営目標と社員のキャリア形成のベクトルをいかに合わせていくのかという人事戦略の視点が大切だと思います。ですから、社員が納得をして、自分のキャリアをリスキリングしてさらに社会の役に立つ接点を自ら選び取れるような人財育成をしていかねばならないと思います。
米国あたりは実にドラスチックで、リスキリングできないのであれば、この会社にあなたのいる場所はないとなります。しかし、日本ではそういうわけにはいきません。社員の多くが自らキャリアを選び取って、スキルを学び直していく状態をいかに整えるかが、人事部門に問われています。

8. 会社の押し付けではない人財育成を

――新たな時代における人財育成の在り方について、どのようにお考えですか。
寺澤:昨今は企業が終身雇用を保証することが事実上、難しくなっています。日経連なども終身雇用が必ずしも良いとは思わないという話をされています。そういう状況では、社員は自律したキャリアを自分でつくることが大事になります。
会社の考えや目的に合うならそのまま頑張る。そうでなければ、自分で力をつけて新たな道を選ぶ。そういう関係性になっていくと思います。人財育成は会社が押し付けるものではなく、自分が育つためにやるという状態を作り出すことが理想です。
――人財育成の体系とか枠組みも変わっていきそうですね。
寺澤:働く側からすると、これからの生き方も含めて、自分のキャリアを自ら勝ち取って社会に貢献したいと考える人が増えてくると思います。そういう人たちの集合体が経営の目標に達するような連携をしていく人財育成体系が望ましいと思っています。
人事部門、経営層にとっては、そういったカタチをいかに作り出せるかが問われるでしょう。個人の価値観を大切にして活性化していくことが自ずと会社の経営目標達成につながっていくような人財育成の大きな枠組みができていくことが理想だと思っています。

9. あるべき姿を自分事として捉える好機

――本講演の見どころや、聴講者に伝えたいメッセージがあればお話しください。
寺澤:このセッションでは、優れた人事変革に取り組む企業を表彰する「HRX(HR Transformation)of The Year 2022」で最優秀賞を受賞されたKDDI株式会社と優秀賞の富士通株式会社の取り組みをお話しいただきます。また、経験が豊富な人事コンサルタントの南和気氏を交えて活発に議論していく予定です。
聴講されるのは必ずしも人事関係者ではないと思いますが、自分がどういうキャリアや働き方を会社との間で築き、どう成長していくかを「自分事」として考えていただくには非常に良い機会ではないかと思っています。