クオリティフォーラム2023 登壇者インタビュー

世界の17チームが活動成果を年に1回発表

『お客様にとってなくてはならない存在を目指す』
コマツのブランドマネジメント活動(BM活動)の
グローバル展開

コマツ
常務執行役員
建機ソリューション本部長の
藤原 恵子氏に聞く

聞き手:伊藤公一(ジャーナリスト)
山田 昌也氏
藤原 恵子氏
コマツ 常務執行役員
建機ソリューション本部長
1988年4月 ㈱小松製作所入社
2006年4月 同社 建機マーケティング本部欧米事業部 北米担当部長
2008年9月 同社 建機マーケティング本部 欧米事業部長
2012年4月 欧州コマツ㈱ 社長(兼)CEO
2016年4月 ㈱小松製作所 執行役員
建機マーケティング本部代理店人材育成推進室長
2021年4月 同社 執行役員 建機ソリューション本部 改革室長
2022年4月 同社 常務執行役員 建機ソリューション本部長を経て、現在に至る

1. 時代変化で必要になった新しい競争軸

――貴社のブランドマネジメント活動(BM活動)はどのような経緯で始まったのですか。
藤原:スタートは2007年です。マーケットは非常に好調でした。この年は歴史的にも建設機械や鉱山機械がピークに達していて「造れる量が販売量を決める」という時代です。一方で、中国をはじめとする新興国メーカーの技術も向上していました。それまでの当社の製品は「品質と信頼性」に秀でていました。
しかし、お客様のニーズが多様化し、変化のスピードが上がるにつれて価格競争が激しさを増します。すると、品質やニーズに合った製品づくりといった従来の差別化だけでは競争に打ち勝つのが難しくなりました。つまり、新しい競争軸が必要になったのです。私のいたマーケティング部門は環境、文化、言語などの異なるお客様のニーズを正しくつかみ、伝えることが求められます。
とはいえ、TQMを通じて「品質と信頼性」を確立してきた開発部門や生産部門との間でそれを共有するのは困難なことも多かったです。
――マーケティング以外の部門と共通で語れる理論や方法論が必要となったわけですね。
藤原:はい。当時のマーケティング理論は基本的に「B to C」でした。ですから、当社のような生産設備を扱う「B to B」にフィットする理論にはなかなか出会えませんでした。
たまたまその時期に日科技連さんの品質管理シンポジウムで名古屋工業大学の准教授だった加藤雄一郎先生の講演を当社のトップが拝聴して「これならいけるかも」という話になり、そこで始まったのがBM活動です。
BM活動では「顧客視点への意識改革」を図り、お客様に選ばれ続けることに狙いを定めました。マーケティング部門の中堅社員8人のプロジェクトチームを発足させ、加藤先生の指導を仰ぎました。

2. パートナーとして選ばれ続ける存在へ

――BM活動が目指すものはなんですか。
藤原:繰り返しになりますが、まずは「お客様にとってなくてはならない存在」「パートナーとして選ばれ続ける存在」であることです。しかし、お題目のようなものはできたけれども、何から手を着ければよいのかが分かりません。
そこで、当社が掲げる「存在」を目指すために何をすればよいかをプロジェクトチームのメンバーが1年がかりであれこれと議論しました。
――1年後に導かれた解は?
藤原:お客様の理想状態を一緒に見つけ出し、現状のギャップを埋め、理想状態を達成するお手伝いをコマツグループが行うことです。
具体的には、本社、現地法人、代理店で組織横断的な「BMプロジェクトチーム」を作る。その上で、お客様の達成したいことを探り、そのために何をすべきか検討し、実現までお客様と共に活動するという方針で臨みました。
近年は、お客様が達成したいことをKPIとDoニーズとして設定し、それを達成するためにコマツがやるべきこと、必要な情報、必要な資源を検討しながら、対応前後でお客様の業務プロセスがどう変わっていくのかを検討してお客様への提案に活かしています。

3. 各組織の目標のベクトル揃えにも一役

――BM活動は貴社の事業にどのような効果をもたらしましたか。
藤原:大きく分けると3つあると思います。まずは「お客様に対する理解が進みました」。各地域でお客様との活動を進め、情報共有を進めたことの成果です。追求するお客様の目標は当初、現場で見つけた問題解決が中心でした。しかし、対話が進むにつれ、改善提案やお客様の成長のための課題達成など、お客様の事業により踏み込んだ、将来を見据えた提案が増えてきたように思います。
――お客様の目標も進化してきているということですね。
藤原:そうですね。効果の2つ目は「コト価値の理解」です。当社は機械メーカーですから、「品質と信頼性」には力を注いできたけれども、それがもたらすお客様の価値をつかみづらい面がありました。
しかし、BM活動を継続していく中で、お客様の業務プロセスへの理解が進み、コト価値で目標とすべきKPIや、それを成り立たせる行動、資源の検討などもできるようになってきました。
コマツの機械を最適な状態で使っていただくソリューションの検討や、お客様の現場全体を最適化するスマートコンストラクションにもBMの考え方が大きく反映していると思います。
――お客様との情報共有が密になったことで、より理解が深まったとみてよいですね。
藤原:はい。それらを踏まえた3つ目の効果は「組織・会社・国が異なるグループのベクトルを揃える」ということです。売上高における当社の海外比率は90%。多国籍企業といえます。開発、生産、マーケティングといった機能の違いに加えて、メーカー、販売会社、代理店といった会社の違い、国や地域の違いもある。従って、一つの方向にベクトルを合わせるのは簡単ではありません。
実際、例えば私が駐在していた欧州では開発、生産工場、販売組織が、代理店とお客様が、それぞれ違う国にあるケースもあります。
そのような環境で、お客様のニーズを正しく理解したり、関係者間の意見の違いや理解を刷り合わせたりするのは至難でした。
その点、BM活動のように、最終的なお客様の目標達成をグループ全体の目標とすることで、組織、会社、国が異なる場合でも、各組織の目標のベクトルを揃えることができ、共通の目標に向かって協調できることを改めて認識しました。

4. マーケ部門から発して全社的な活動へ

――BM活動は社員の意識をどのように変えたとお考えですか。
藤原:これまでお話ししたように、BMプロジェクトはもともと、マーケティング部門を中心とした活動でした。しかし、ある程度形が整ってきたので、社員の基本教育にも取り入れられるようになってきました。
2015年以降は開発部門や生産部門からもメンバーが参加する、いわば全社的な活動になっています。それだけの経過が着実にもたらされているということです。
前後しますが、当社は2006年にコマツグループ社員の信念や心構え、それを実行に移す行動様式を「コマツウェイ」としてまとめています。
――BM活動がスタートする前年ですね。
藤原:そういうタイミングですから、2011年の改訂版からコマツウェイに織り込まれるようになりました。これを機に、コマツウェイは3つの柱を持つことになりました。
第一の柱は企業統治やESG課題をカバーする「マネジメント・リーダーシップ編」、第二の柱はTQMを内容とする「ものづくり編」、そして第三の柱が顧客価値創造を中心に据えた「ブランドマネジメント編」です。
これまでの取り組みを振り返ると、組織にかかわらず、お客様を基点としたものの見方は徐々に進んできたように思います。私の担当する建機ソリューション本部における新たなソリューションやビジネスモデル開発の際にも、BM活動を経験した社員が中心となってコンセプトづくりから推進体制の検討、システム開発などを実践しています。

5. トップの気持ちが動くまで待つ

――BM活動を進めていく上で苦労されたことはありますか。あるとすれば、それをどのように克服しましたか。
藤原:最初の数年間は「自分たちの組織はすでに顧客志向だから、そのような活動を必要とはしない」という拠点がありました。「活動に時間をかける意義はなんなのか」という率直な意見もありました。
無理なく取り入れた地域にしても、1年目は楽しく活動できるのですが、2、3年経つと一種の中だるみが生じることもあります。
活動開始から16年の間には市場が良い時も悪い時もあります。特に市場が冷え込んでいる時はお客様も代理店も生き残るのに精一杯で、活動どころではないという声もありました。活動を続けていたお客様の会社が経営破綻したり、買収されたり、トップが交代したりして継続が難しくなったケースもあります。
――「自分たちには必要ない」という組織をその気にさせる魔法の言葉は。
藤原:「そのノウハウを次世代に伝えてほしい。ぜひ組織の中で共有して人材育成に生かしてほしい。BM活動はそのためのフレームワークだ」という説明に終始しました。
それでも参加する気になれない拠点や代理店には、無理にやらせるのではなく、他地域の成果などを説明しながら、そこを預かるトップがやりたいという意思を持つまで、粘り強く待つようにしました。
長年続けていると、市場が厳しい時の対応やお客様の会社の変化などで、地域によっては一時的に活動が縮小したり、対象のお客様を変更したりするということは避けられません。しかし、やむなく縮小せざるを得ない時期は、小さくてもお客様に寄与するためにできることを検討してもらいながら活動を続けてきました。

6. グローバルBM大会を毎年日本で開催

――海外におけるBM活動の状況は。
藤原:BM活動を始めた翌年から、日本に続いて北米、中南米、豪州、南アフリカでも活動を開始しました。初年度に基本的なコンセプトを固めた後の実践は本社チームと海外現地法人、代理店が初めから一緒に活動してきました。その後、少しずつ展開地域を広げ、現在では全世界で17のチームがBM活動に取り組んでいます。
――グローバルな展開を進めていくために重視している点は。
藤原:まずは各組織のトップがBM活動を推進し、お客様との関係性を高めるというコミットメントの下で組織横断的なチームをつくってもらうこと。そして、将来のリーダーとなるジュニアクラスの社員を意識的に関与させてもらうことです。
BM活動は、当社の資本がまったく入っていない独立代理店や、従業員が100人前後の小規模な会社でも実施しています。そういう会社を巻き込むにあたっては、当社の考えや活動の趣旨をしっかりと説明します。しかし、前項でも申し上げたように、トップが実施したいという意思を持つまでは決して参加を強制しません。
――世界の17チームが互いの進度を確かめ合う機会はあるのですか。
藤原:2010年度以降「グローバルBM大会」を毎年日本で開催しています。各地域の活動事例を共有するのが狙い。当社のトップマネジメントも必ず参加します。
新型コロナウイルス禍でやむなく中止した年やリモートで行った年が1回ずつありましたが、2022年から対面開催に戻しました。人材育成の場でもあるので、発表者は各国から世代交代で来ています。初期に発表したメンバーの中には拠点のトップに就いている人もいます。

7. 活動の最終的な価値はお客様が評価

――国内外を問わず、BM活動を進めていく上で、どんなことに留意していますか。
藤原:参加しているプロジェクトメンバーや派遣してくれた上司に「BM活動をやって良かった」と思ってもらえることです。この活動に対する評価は最終的にお客様に委ねられます。ですから、社内の論理による正解・不正解や評価基準はありません。運営にあたっては「否定しない」というブレインストーミングの基本を踏まえ、みんなで参加し、発言できるようにしています。
――お客様に近い部門と遠い部門とでは、メンバーの受け止めが変わるのでは。
藤原:そうですね。だからこそ、お客様と実際に会って、直接いろいろなことを聞かせてもらうことは大切です。そういったことを通じてお客様の苦労を理解したり、提案したりする機会を持てることは貴重な経験になるとも思います。
世界各地のBMチームとはポータルでの情報共有やグローバル大会の際のワークショップなどを活用します。各地のBMメンバーと一緒に行う方法論の検証や、各地域のBM大会への参加、客先訪問動向などを通じた連携にも力を入れています。

8. 時代ごとの課題に応じてテーマも進化

――BM活動は先行き、どのように進化していくとお考えですか。
藤原:当社のような「B to B」ビジネス型の企業にとって「お客様が達成したいことは何か」は永遠に考え続けるべきテーマです。ある時点でうまく捉えたとしても、お客様はそこからさらに進化していくからです。
BM活動も検討のツールやアプローチは年を追うごとに追加されています。「お客様に選ばれ続ける」というテーマは変わらないと思いますが、そのための方法論や体制は、お客様やコマツグループの進化に合わせてこれからも変わっていくのだと思います。
――さまざまなデジタル技術の進展も進化を後押ししそうですね。
藤原:基本動作として、お客様とその現場を理解するBM活動はこれからも一層重要度を増してくると思います。同時に、時代ごとの課題に応じて取り組むテーマも進化していくのだろうと見ています。
私自身、BM活動を通じて多くのことを学ばせてもらいました。今の仕事に取り組む上での基本姿勢にもなっています。BM活動に関わったメンバーには、それぞれが客先と対話する面白さや難しさを実感してほしいですね。結果的に、真剣にお客様の事業やお客様の達成したいこと、そのために当社のできることを考えた経験が通常の業務でも活かされていくことを切に願っています。

9. 業種が違っても共通する価値創造手法

――本講演で聴講者に伝えたいメッセージがあればお話しください。
藤原:ここまでのお話は当社での経験です。従って、すべてのお会社に通用するとは思いません。しかし、お客様に対する価値を創造するという意味で共通点はあると思います。
たとえ業種が違っても、方法論や実際の進め方にはなんらかの共通点があるはずです。講演の中から、その参考になることを一つでも見出していただければと思っています。