クオリティフォーラム2023 登壇者インタビュー

お客様要求品質第一主義に徹する耀(かがや)き疾走する仲間たちとの再生物語

~静かに燃える青白い炎が会社を動かす~

ダイヤモンドエレクトリックホールディングス株式会社
代表取締役社長CEO兼グループCEO
小野 有理氏に聞く

※記事中の会社名は、「ダイヤエレHD」と記します
聞き手:伊藤公一(ジャーナリスト)
小野 有理氏
小野 有理氏
ダイヤモンドエレクトリックホールディングス株式会社
代表取締役社長 CEO 兼 グループCEO
早稲田大学第一文学部卒。
2000年度~2002年度、早稲田大学ラグビー蹴球部に於いて清宮監督のもとコーチを務め、13年ぶりの学生日本一に貢献。
2001年 コンサルティング会社勤務
2005年 独立、ユーリズムコンサルティング 創業
幾つかの企業等の社外取締役や顧問を務める
2006年 車載リレー製造会社取締役(経営企画、工場長) 就任
2016年 ダイヤモンド電機株式会社 救済 代表取締役社長 就任
2018年 ダイヤモンドエレクトリックホールディングス株式会社 設立
代表取締役社長 CEO兼グループCEO 就任
2019年 田淵電機株式会社 救済 代表取締役社長 就任
2021年 ダイヤゼブラ電機株式会社 設立
代表取締役社長 就任
現在に至る

1.「全権」を条件に引き受けた会社経営

――計188年の歴史をもつ統合会社の陣頭指揮にはどのように臨まれたのですか。
小野:ダイヤエレHDは1937年に創業した自動車用点火コイルメーカーを前身とする「ダイヤモンド電機」と、1925年創業の民生用変圧器メーカーを母体とする「田淵電機」を統合「仲間化」した会社です。
ダイヤモンド電機とは元々、研修指導者の立場で関わりを持っていました。しかし、同社が立ち行かなくなり、懇請されて経営を引き受けることになりました。その際の条件は経営に伴う「全権」を持つという事でした。命じられるのは嫌いなので「天命」ではなく「天意を受けた」と自らに言い聞かせました。大時代的な物言いをすれば、義侠心に突き動かされたのです。
――2016年6月のダイヤモンド電機社長就任以降、徹底した経費削減策などで、18年3月期には過去最高益を記録されていますね。
小野:はい。従前の経営の欠落による多くの無駄、冗長費を撲滅し、基本的には人的リストラクチャリングを行うことなく、企業再生を果たすことができました。委ねられた全権をフルに生かした一つの結果であると見ています。
同じ18年の10月にはダイヤエレHDを設立し、代表取締役社長CEO兼グループCEOに就任しました。19年1月には東証1部企業であった田淵電機をグループ化しました。当社ではこうしたケースを「仲間化」と呼んでいます。
――新体制では「車と家をものづくりでつなぐ」というビジョンを掲げていますね。
小野:自動車機器、電子機器、エネルギーソリューションという3つの事業を生かして、地球環境に資するものづくり企業を目指すという心意気を込めました。国内外のグループ会社がすべての枠組みを超えた「One Team」で臨んでいます。 構想では、再生可能エネルギーを使って電気自動車(EV)を走らせ、災害時にはEVに貯めた電気を使います。貯めた電気を地域間で効率的に融通する世界の実現に向けた開発にも取り組んでいます。

2. 信念に基づいた速度が何よりの決め手

――短期間での企業再生を果たす決め手となったのは、なんだったのでしょう。
小野:信念に基づいた速度です。走りに例えるなら、闇雲にではなく、正しい理念や方針に沿って走ることを目指しています。道はいつも見えているとは限らないからです。それを明らかにするのが社長の務めでしょう。つまり、社長業の始まりは「在り方と行く先をしっかりと定めること」だと思います。
在り方や行く先は人々が会社を見定める時の一番の要素です。この理念の信奉者や体現者、最終的には社長と共に理念を伝える伝道師ですね、そういう人たちを増やしていくことが会社を強くすると思っています。
そういう風土や基本がない限り、組織が強くなる道理はないし、再生も進みません。だから、信念に基づく速度がモノを言うのです。
――社長ご自身も速度には厳しいのですか。
小野:仮に、部下にある指示をしたら、5分後に結果を聞きます。何もしていなければ、私の目の前でお客様に電話をさせます。用件をメモしたり、自席に戻ったりする時間が無駄だからです。その場ですれば即座に結果が分かる。そういう速度を非常に重視します。
当社にとって、速度はソフトパワーです。それが当社を守る武器であることを知っているからです。もちろん、製造業としての技術力は大切ですが、速度はそれに先立ちます。
実際、私は基本的に、電話で済むなら電話で返します。それが一番早いからです。

3. 店主に麺の味を決められてたまるか

――ダイヤモンド電機の社長就任後間もなく出された「社長三大方針」の狙いは。
小野:同社の株主総会は6月24日でした。25、26の2日間で新体制に向けた問題点の洗い出しや財務分析をしました。その後の一週間は連日、銀行回りです。
この間、待たされている社員は不安で不安でたまらない。人間の不安は目標の無さから生まれます。そこで、彼らの不安を解消すべく、7月4日に明らかにしたのが「社長三大方針」です。「お客様要求品質第一に徹する」「経費節減に徹する」「環境整備に徹する」の3つです。
――「お客様要求品質第一に徹する」を筆頭に掲げた真意は。
小野:思想とか価値観の類ではなく、事実の話を進めたかったからです。企業の成り立ちを鑑みれば、お客様第一以外に会社は成り立ちません。そのことを事実として伝えたかったのです。しかし、言葉だけでは理解しにくい。
そこでこんな例え話をしました。「きょうは味噌ラーメンを食べよう」という気持ちで店に入ったとします。しかし、店主は「あなたは塩ラーメンを食べるべきだ」と一方的に勧める。それで満足できるか。業種を問わずお客様の希望が先にあるのは当たり前です。他方我が社は製造業です。そこで「お客様要求品質第一」を掲げました。製造業におけるお客様第一はこれしかない、即ち企業存続のために許される唯一の方針だからです。これはものづくり企業の存在基盤でもあります。
――「経費節減の徹底」は過去最高益の達成という具体的な成果をもたらしましたね。
小野:三大方針は便宜上分かれていますが、実はそれらは循環しているのです。環境整備のところで詳しくお話しますが、訪れたお客様から安心して仕事いただける会社であることを目指しています。それこそがお客様要求品質第一の始まりです。しかし、それを追求しようと思ったら費用が掛かる。だったら、費用捻出の知恵を絞ろう。そういう風に仲間たちを説得していったわけです。

4. A4用紙1枚分を毎朝15分全員で磨く

――3つめの方針である「環境整備」の要点は。
小野:繰り返しになりますが、お客様要求品質第一を実現するための手立ての一つです。当社は製造業ですから工場がいくつもあります。だから、そこを掃除してきれいにする。環境整備の第一歩です。
当社では、就業チャイムが鳴るや否や毎朝全員で15分間取り組みます。掃除のためのサービス残業は絶対させません。例えば、時間内にA4用紙1枚分のスペースを磨くと、1年間で膨大な範囲に広がります。その結果、会社はきれいになり、お客様にご安心いただける姿となります。
とはいえ、漫然と掃除をしていればよいのではありません。目的と手段を取り違える恐れがあるからです。大切なのは「なんのためにやるのか」という目的意識です。何事も「目的がないのは価値のないこと」と同じです。おおよそ「道」と名の付く世界の始まりは掃除です。茶道も華道も武道も同じです。お客様要求品質第一に寄せると、環境整備には会社の存続という究極の目的があります。存続は雇用を守ることにつながります。
――就任以来の「社長三大方針」の成果をどのように評価しますか。
小野:方針一つ一つの大切さとそれぞれの連携の意義をまるで壊れた蓄音機のように、7年間ずっと言い続けています。これも社長の大切な務めだと思っているからです。
成果の一つとして誇れるのは、ダイヤモンド電機も田淵電機もそれぞれが単独では難しかった品質関連の賞をいくつも獲得できたことです。自動車メーカーのお客様から頂いたアワードだけでも2020年以降で16件に達しています。2011年から2019年までの合計が6件ですから大躍進です。
2021年だけでも海外の「Toyota Motor North America」様から『Excellent Quality Award』、「天津一汽豊田汽車有限公司」様から『品質優良賞』、「广汽三菱汽車有限公司」様から『品質改善賞』を頂いています。
もちろん、その功績は働く仲間たちみんなが「One Team」で勝ち取ったものです。みんなが「社長三大方針」に従って頑張ってくれた成果以外の何物でもありません。

5. 命がけで働くのは社長一人で十分

――グループ全拠点のものづくり現場で行われている「社長総点検」の目的は。
小野:簡単に言うと、一緒に働く仲間たちの様子を直(じか)に確かめることです。工場丸々見ます。現場だけでなく、さまざまな業務フローやオペレーションもすべて確認する。だから、総点検なのです。
One Teamを成す我々が揃えるべきは心です。心とは理念です。その意味で、私は理念がちゃんと共有されているかどうか、理念の理解が正しく進んでいるかどうかを確かめに行くのです。個人が組織に貢献するとしたら、その数式は「能力とやる気と理念の理解の掛け算」以外にはありません。それを測るのが総点検の大きな目的です。
――社長三大方針の一つである現場の「環境整備」も当然点検対象になりますね。
小野:もちろんです。鳥取工場などは年間130組ほどのお客様をお迎えしますから、非常にきれいです。たいてい驚いて帰られます。食堂の椅子一つ乱れていないし、張り紙の端っこも一つとして巻き上がっていません。これらは見える部分です。
しかし、総点検の真の狙いは働きやすい環境・ルールを整備することです。安全・安心・衛生がきちんと満たされているかどうか。総点検ではそういう所を丹念にチェックします。そうして、私は仲間が安全・安心な環境で働けるように一身を投じる。命がけで働くのは社長一人で十分です。

6. コロナ禍前から導入していた在宅勤務

――「安全・安心な環境」という意味で、在宅勤務をどう捉えていますか。
小野:新型コロナウイルスが蔓延した時、パンデミック対策として数多くの企業が導入しました。しかし、当社ではそれ以前から在宅勤務を行っていました。多面体な働く仲間たちの様々な事情に応えるためです。普通は本体から人が行って派遣とか契約とかパートで乗り切る。しかし、私はそういう形態が好きではないので、正社員の働き方の一つとして取り入れました。それによって、子どもを抱えた女子社員の生き方に希望を与えたこともあります。彼女はそれに応えて、会社のために持てる能力を最大限に生かしてくれています。
――感染法上の扱い変更を受けて、在宅勤務を緩和する動きが出始めていますが。
小野:確かに、世の中の状況に応じて在宅率は低下傾向にあります。ただし、コロナ対策として導入したのはかなり早かったと思います。原則的に、小学生の子どもをもつ親から在宅に切り替えました。それに応じて、仕事の割り振りも変えました。周りはびっくりしていました。
 いわゆるパンデミック対策ではなく、親の帰りを一人で待っている学童の身の安全を守る策として取り入れたからです。働く仲間の大切な家族です。そのことを一番気にした結果です。

7. クレームは、お客様の悲痛な叫び声

――人財育成の要となる「TQM活動」にはどのように取り組んでいらっしゃいますか。
小野:誤解を恐れずに言えば、当社のTQMはすでにお話した「社長三大方針」そのものです。例えば「お客様要求品質第一」は日科技連さんの考えに近しいと思います。今回のセッションのテーマである「品質経営」に辿り着く道筋の一つです。
その根底にあるのは「環境整備」です。必ずしも、掃除のことだけを指しているのではありません。その要点は、当社の経営計画書に詳しく書いてあります。
ですから、当社では毎朝「社長三大方針」を暗唱し、経営計画書を必ず1ページ読み、1分間スピーチを行います。
――経営計画書ではクレームに対する方針が明記されていますね。
小野:クレームとは当社の「お客様サービス」に対して、お客様の不信や不満が具現化した悲痛な叫び声です。ですから、当社では、クレーム処理ではなく、クレーム対応と呼んでいます。クレームはお客様の心理で起こる場合もあります。だから、ゼロにしようとしたら握りつぶすしかないのです。もちろん、そんなことはできません。
では、どうするか。どんなクレームであれ、即刻電話することです。メールはダメ。時間もかかるし打っている間に事実が事情に変わってしまうからです。スピードの大切さはすでに申し上げている通りです。当社ではクレーム発生報告の際、その報告をした社員を責めることは一切御法度です。その時間があれば本部長に電話し、本部長から社長に繋ぎ対応を開始します。この間10分。10分以上経ったら、職務を怠ったとみなす。それくらい厳しく臨んでいます。

8. ファクトリーマッチで互いが切磋琢磨

――国内外の製造拠点では、再生企業ならではの工夫を試みていらっしゃるとか。
小野:再生は蘇生から始まります。蘇生とは、我が社においては、「資本、資金、訴訟」の闘いです。再生とは、「ものづくり復興」です。ゆえに再生のはじまりからQCサークル活動に力を入れています。
その上で、すべての工場同士で競い合う「Factory Match(ファクトリーマッチ)」を2023年1月から始めました。着眼点は、工場単位ではなくグループ全体の品質の向上と働く仲間同士の切磋琢磨です。端的に言うと、自分の工場の不具合は棚に上げて、相手の工場を攻撃する。そうすると、不思議なもので、互いに学び合い、改善が進み働きやすくなるのです。レポートも皆が驚くほどしっかり書いてきます。
――工場品質や働きやすさに狙いを定めるという点では環境整備の徹底にも通じますね。
小野:その通りです。環境整備は全ての活動の原点です。そして先述の通り、その活動はお客様要求品質第一に直結する。その意味でも、ファクトリーマッチもまたTQM活動の一環ともいえる。即ちお客様要求品質第一を掲げ、社長総点検、日々の環境整備、そしてファクトリーマッチを実践し続ける我が社は、まさに品質経営の実現へと歩み続けていると言えるでしょう。

9. 静かに燃える青白い炎が会社を動かす

――本講演で聴講者に伝えたいメッセージがあればお話しください。
小野:講演では私の体験を踏まえて、企業の再生物語をお話します。聴き手の立場や状況はさまざまでしょうが、厳しい状況に置かれている人には「静かだが、燃え上る青白い炎が会社を突き動かすことは間違いない。だから、臆することなく、トップに訴え続けろ。それは一緒に働く仲間たちや愛する会社を守る術(すべ)だ」と言いたいですね。
皆さんに聴講を勧めてくれたトップなら、そのことを理解しているはずです。品質関連の仕事に携わっている皆さんには私の講演で得た熱を持ち帰り、職場の仲間や上司、トップに伝えていただきたいと思っています。何があっても諦めず、熱狂する士気で組織をつくり変えていきましょう。