矢内 賢征 氏
豊国酒造合資会社
九代目蔵元
九代目蔵元
● 1986年生まれ。
2009年に早稲田大学政治経済学部政治学科卒業後、家業である豊国酒造へ入社。
2010年12月に新ブランド“一歩己(いぶき)”立ち上げ後に、2011年の東日本大震災を経験。
その後、2016年醸造責任者である杜氏(とうじ)就任、2021年7月に九代目代表就任。
さらには2022年9月にフルドノアートディステラリクトを設立し代表に就任する。
酒造り・蔵創りを通じて、町のこれからを醸すことに奮闘中。
2009年に早稲田大学政治経済学部政治学科卒業後、家業である豊国酒造へ入社。
2010年12月に新ブランド“一歩己(いぶき)”立ち上げ後に、2011年の東日本大震災を経験。
その後、2016年醸造責任者である杜氏(とうじ)就任、2021年7月に九代目代表就任。
さらには2022年9月にフルドノアートディステラリクトを設立し代表に就任する。
酒造り・蔵創りを通じて、町のこれからを醸すことに奮闘中。
――1830年(天保元年)創業でもうすぐ創業200年を迎えます。その伝統についてはどう考えていますか。
矢内:2021年7月に35歳で父(矢内定紀現会長)の後を継ぎ、代表社員兼醸造責任者に就任しました。家族の中で蔵元を代々つないできて9代目になります。創業の年数から捉えると長いよねと言われるのですが、伝統の重さはそれほど感じていません。結局1人1人がやってきたことを襷(たすき)のように受け渡しする中で194年間続いてきたわけですので、その歴史の重みを僕が背負っているというより、ただただ今を楽しんでいるようなところです。とはいえ、受け継いだ襷は自分の代で終わらせることなく、誰かにつないでいきたいという気持ちはあります。
――高校卒業後に上京して早稲田大学経済学部に進学しました。家業を継がずに普通に就職するつもりだったのですか。
矢内:そのつもりでしたね。実家を出たい、東京に住んで働きたいという気持ちしかなかったので、東京で働けるのならどこでもいいという、浅はかな考えを当時は抱いていました。就職活動でも最終面接が何社で何社から内定もらえそうと、就活ゲームみたいなことをやっていたのです。ところが久しぶりに会った友達が明確な将来像を持ち、真剣に就活している姿に自分がとても空虚な人間だと思えてきて、就活をやめてしまったんです。そんな折、母親から送られてきた『愛と情熱の日本酒』という本に、若い人が蔵に戻って新しい酒造りに挑戦する姿が描かれていて、めちゃくちゃかっこいいと感動しました。そもそも酒蔵に生まれながら、僕は日本酒をかっこいいなんて思ったことはそれまで一度もなかった。なんでこんな業界が身近にあったのに、東京で働こうとしていたんだろうとの考えに至り、実家に戻ったというわけです。





