第1回 データサイエンスシンポジウム 開催レポート

統計的品質管理(SQC)の深化とデジタル社会で必要とされる人材育成の探索

開催日:2022年12月20日(火) 13:00~16:40
会 場:Zoomウェビナー(オンライン開催)
2022年12月20日(火)、「第1回データサイエンスシンポジウム」が日本科学技術連盟本部にて開催された。新型コロナウイルスの感染拡大を受けオンラインでの開催となったが、zoomのチャット機能を活用してリアルタイムで質問を受け付けることにより、講演者と参加者が一体感を持って開催することができた。

1. 主催者挨拶

冒頭の主催者挨拶では、日科技連理事の島田から本シンポジウムの目的である「統計的品質管理(SQC)の深化とデジタル社会で必要とされる人材育成」がこれからの日本社会で重要となってくること、また高度な解析技術が求められる昨今の産業界におけるSQCの重要性などが述べられた。本シンポジウムを通し、企業でのデータサイエンスや品質管理教育に役立ててほしい旨の期待の言葉も述べられた。

2. 基調講演

椿 広計氏(統計数理研究所 所長)が登壇し、「データサイエンスによる問題解決の標準シナリオ~品質管理活動が世界に示したモデルプロセス~」と題し基調講演を行った。

本講演では、我が国が培ったこのシナリオ活用の知がデータサイエンス時代の万人の教養たること、シナリオに初等的方法から機械学習までを適切に埋め込むことが可能なこと、このシナリオの知と現代的活用能力こそが、データサイエンス専門職の要件であることなどを椿氏の知見と経験を踏まえ、ご講演いただいた。

椿 広計氏
椿 広計氏

そもそも「データサイエンス」という言葉は誰が言い始めたのだろうか。1962年アメリカのJ.Tukeyがデータ解析という思想を提唱したのが始まりとされている。(The Future of Data Analysis,the Annals of Mathematical Statistics)
しかし、ここでは「データサイエンス」という言葉は使われていない。その後1996年日本の林知己夫氏が「データ解析だけがデータサイエンスではない。データの設計、収集、解析を一体化したものがデータサイエンスである」と国際会議で提唱したのである。

本講演のメインテーマである問題解決の標準シナリオは1950年デミング氏の来日により日本に普及し、QFD(品質機能展開)や実験計画法、多変量解析を取り込むことでアメリカや世界から手本とされる日本独自の問題解決の標準シナリオを作り上げた。


椿氏講演資料より

そのシナリオを支える初等的管理技術としてQC七つ道具が現場に展開されたのである。各フェイズを支える統計的ツールとして以下のものが紹介された。

  • 現場のデータ収集:チェックシート
  • 重点施行による問題の絞り込み:パレート図
  • 問題の発見と効果の検証:管理図/グラフ
  • 問題の発見と効果の検証:ヒストグラム
  • 要因の定性的検討:特性要因図(石川ダイアグラム)
  • 定性的;仮説形成ツール
  • 要因の探索:散布図
  • 要因の探索:層別

現在、日本ではデータ分析のスキルを有する人材が不足しているが、これまでに培い発展してきた問題解決の標準シナリオを仕事の基本動作とし、機械学習、AIを目的に応じながら使い分け、専門知識を活用し、新しい知見・ノウハウ・価値を獲得することが出来る。そしてその一連のプロセスを「データサイエンス」と捉えることが出来ることを認識した。

3. 研究・事例発表①

小野 絵実子 氏
小野 絵実子 氏

第140回品質管理セミナーベーシックコースで優秀賞を受賞した小野 絵実子氏(AGC株式会社)が登壇し、「ポリマー溶液製品中の金属 A 濃度分析におけるばらつき低減~測定精度の向上と業務省力化~」と題し、事例発表を行った。

品質管理セミナーベーシックコースでは講義に加え「班別研究会」が行われる。班別研究会とは講義や演習などを通じて習得した品質管理の考え方や様々な手法を、企業における実際の品質問題の解決に活用して効果をあげるためのやり方を研究するためのもので、今回小野氏には実際に班別研究会で研究した内容、研究手順について発表していただいた。

Step1. 測定装置の選択と目標設定
Step2. 品質特性測定/評価の信頼性確認
…測定装置や解析工程には要因が無いことを確認
Step3. 原因系・結果系からの要因探し
…要因が潜んでいそうな工程の推定・絞り込み
Step4. 要因の整理
…要因として挙がった作業の中から可能性の高いものを選択
Step5. 直交配置実験の計画・実施と分散分析
…「セル注入後経過時間」と「秤量操作」を測定値変動の要因として特定
Step6. 最適条件の効果確認
…測定システム全体の変動が目標精度内に抑制されることを確認

最後に品質管理セミナーベーシックコースを卒業して、「直交配列実験をはじめ、品質改善に有用なツールを複数学ぶことができた。また、論理的に事実を捉え、効率的に改善活動を行う上で、事前調査に時間を費やすことの重要性を学ぶことなども出来た。今後はこれらの手法を実際に活用する中で悩みながら自分のものにしていきたい。」と感想を述べられた。

4. 特別講演

西内 啓 氏
西内 啓 氏

西内 啓氏(株式会社データビークル、『統計学が最強の学問である』著者)が登壇し、「DX時代に必要なデータ活用人材の育て方」と題して特別講演を行った。
本講演の導入として、医学でエビデンスが必要になった理由について紹介し、データを取り分析することとエビデンスの重要性について触れたところで、「DXとはなにか」「DX人材の採用・育成」について西内氏の知見と経験を踏まえ、ご講義いただいた。

DXの理想を叶えるために重要となってくるのが「推進領域の選定」「DX人材の採用・育成」であることが紹介された。

● 推進領域の選定

推進領域の選定を行う上でよく陥ってしまうケースは、他社事例の真似をすること、同業種でも強み・弱みや顧客層の違いなどから失敗する場合が多い。これを解決するために必要なものが「リサーチデザイン」のスキルである。

● リサーチデザインができていない場合


● リサーチデザインができている場合

1.今後の目標を決める。

2.目的に応じたデータの収集

3.データに応じた分析


西内氏講演資料より
まず「何が」「どうなると」嬉しいかを決める、そこに関係しうる「何が」の特徴を網羅的に考えていく方が早いことを認識できた。

● DX人材の採用・育成

DX人材の採用・育成で重要になってくるのは「市民データサイエンティスト」である。従来のデータサイエンティストは分析専門知識を持つ人材であり、R言語やPython等のプログラミング言語など高度な分析ツールを使用するが分析にかかる時間が長く、人材の確保も難しかった。
しかし、「市民データサイエンティスト」は業務知識に詳しい今いる人材に課題解決の方法を教育し、比較的簡単な分析ツールを使うため、分析に掛かる時間も少なく、人材の確保が容易にできる。DXの推進には「市民データサイエンティスト」の育成が求められている。

5. 現場でのDXの現状 研究・事例発表②

阿部 幸太 氏
阿部 幸太 氏

「今起きているデータ活用の課題と対策~製造業DXの実際~」と題し、阿部 幸太氏(株式会社マクニカ)にこれまでに培ってきた経験をもとに以下3点についてご講演頂いた。

1. 製造業のDXを難しくしている原因
2. データ活用の難易度を下げるためのポイント
3. DXを実現する為の組織・チーム

製造業において温度や電流などのデータを集める際、その時の状況や、操作をした人、どの装置で計測したか等が連結して保存されていない場合は全く意味のないデータとなってしまう。そのためデータの活用レベルが非常に高い。その難易度を下げるためのポイントが目的の明確化、そして何のためにやっているのか、目的に立ち戻れることが重要になってくる。目的を再確認するための論点整理について以下の紹介があった。


阿部氏講演資料より

そしてDXを成功させるためには外部のプロフェッショナルに全て任せるのではなく、内部にいる目指す方向性と課題の整理を行える適切な人材を育成していき、必須領域となる「ビジネス領域」「業務領域」「開発領域」が三位一体となり自社で補うことが難しい領域は外部の力を借りながら、一つのチームを作り上げていくことが重要であると認識できた。

6. クロストーク

本シンポジウムの最後は、椿 広計氏、西内 啓氏によるクロストーク(対談)が行われた。対談テーマに沿い、椿氏には研究者として、西内氏には実務家の立場としてそれぞれのご意見を伺った。

クロストーク

日本がデータサイエンスサイエンスを進めていくなかで衰退してしまった理由、そして再び世界のトップに立つために重要となってくることは「人材育成」であり、日本全体で各分野の専門性を持った専門家が標準的な統計データの基づく問題解決のシナリオに熟知して、そこに自分達の分野で有効な方法論を埋め込んでいくことが出来れば、これから我が国が経済成長をしていくうえで大きな財産となってゆく。