役員のための品質経営>セミナー 2019

登壇者インタビュー

「東レにおける品質経営の取組み」

出口 雄吉氏

東レ株式会社 代表取締役副社長

出口雄吉

東レ株式会社 代表取締役副社長

1949年12月生れ。1973年4月東レ入社。/2009年6月 取締役 研究本部長 基礎研究所長/2012年6月 常務取締役 研究本部長 基礎研究センター所長/2014年6月 専務取締役 経営企画室長 IT事業SBU長/2017年5月 専務取締役 経営企画室長 HS事業開発推進室統括/2018年2月 専務取締役 経営企画室長 品質保証本部長 HS事業開発推進室統括/2018年6月 代表取締役副社長 経営企画室長 品質保証本部長 法務・コンプライアンス部門(安全保障貿易管理室)・HS事業開発推進室全般担当
私たち東レグループの使命は、世界が直面する「発展」と「持続可能性」の両立をめぐる様々な難題に対し、革新技術・先端材料の提供によって、本質的なソリューションを提供していくことにあります。
先端素材メーカーとしてこの使命を果たしていくためには、川下のお客様との信頼関係をベースとした協創(お客様との協働による社会的課題解決のためのトータルソリューション=顧客価値を含む社会的価値の創出)が重要だと考えて実践しています。
このような取り組みの事例とともに、その背景にある経営理念や企業文化について紹介します。
『役員のための品質経営セミナー』に先立ち、講演の内容、とくに先端素材メーカーとして顧客価値を創造し、実現するイノベーションについて、お話を伺いました。
(聞き手・ビジネス作家 廣川州伸)

■10年先、20年先を見すえた研究

――出口副社長は、入社以来、研究畑を歩んでこられたそうですが、役員になられるまでの変遷を教えてください。
出口(敬称略):入社してすぐプラスチックフィルムの研究所に配属となりました。最初はフィルムの表面に、ものがつきやすくする研究をしました。たとえばフィルムの表面に、印刷用のインクが付着しやすくなる研究です。
途中で新しいポリマーのフィルムをつくる研究を進めるなど、かれこれ22年間、研究所にいました。その後、電子情報材料の研究所に移り、そこで開発したプラズマディスプレイ用部材の技術をもとに、当社が松下電器産業(現パナソニック)とプラズマテレビのジョイントベンチャーをつくることになり、そこに技術担当役員として出向していました。
その後、本社に戻って電子情報材料関係の技術・生産担当になりました。その仕事は面白くて気に入っていたのですが、2009年6月に取締役 研究本部長となりました。
――出口副社長が取締役になられた年は、2008年9月のリーマンショックで世界経済が激しく混乱していた時期。不安はありませんでしたか?
出口:確かに企業の外部環境が悪く、東レの業績も厳しい状態でした。ただ私は取締役というより研究本部長になる意識が強かった。研究者としてはリーマンショックと言われても、しょげることはない。長期的な視点に立ち、いずれ景気も回復するだろうとポジティブに考えていたと思います。
当時の経営トップが偉かったと思うのですが、景気が落ち込んでも、研究開発費を大幅に削ることはしなかったし研究者を減らすこともしませんでした。だって景気はいい時もあればよくない時もあります。
10年先、20年先を見すえた研究は、時代の要請に沿ってさえいれば、成果が早く来たり遅く来たりということはあっても「間違いなく実現する」という強い自信を持って、日々研究しています。

■素材には、社会を変える力がある

――役員になると、経営の原点に立ち返ることも必要になると思います。出口副社長の場合は、いかがでしたか。
出口:東レという会社は、日本企業の長所をグローバル時代になっても継承してきました。その基本となる企業理念「事業活動を通した社会貢献」は、昔からあるものです。
東洋レーヨンという社名の時代は「東洋レーヨンは社会に奉仕します」という言葉を使っていました。その当時、奉仕という言葉から慈善団体と揶揄されたこともあったそうですが、決して慈善活動をしようという意味ではありません。事業を通じて社会に新しい価値を創り出したいという思いがあり、その思いを大切に守り、継承してきたのです。
また当社は「人を基本とする経営」を中心に置き、それを実現する企業文化を育んできました。企業の盛衰は人が制し、人こそが企業の未来を拓くという考えです。
素材メーカーとして、当社はモノをつくるばかりではなく、人をつくらなければならない。人こそバランスシートには載らない貴重な資産であるという考え方です。この考え方は代々受け継がれ、従業員を長く大切にする経営を実践し、会社に対するロイヤルティを高め、従業員のモチベーション向上に寄与してきました。
もちろん素材メーカーとしては、経営を長期的な視点に立って進めています。たとえばカーボンファイバーにしても、開発が始まってから60年以上経っています。本命とされた用途の商品化までに30年。気の短いメーカーは開発に何十年もかかるとわかった時点で、経営陣は株主を説得できないのではないでしょうか。
当社には素材メーカーとして長期的な視野に立って研究・技術開発し、商品化を進める企業文化が根付いています。私たちが扱う素材には社会に貢献し、世界を変える力があります。それを株主のみなさんも理解してくださり、支援していただけると感謝しています。

■現場の実態から、問題の本質を理解する

――日覺社長は役員室に閉じこもって数字をシミュレーションするタイプではなく、自ら世界中の工場をめぐってきた人と聞いています。
出口:はい。それは徹底しています。私も研究者として思いは同じです。日覺社長が現場を大事にされてきたので、役員もみな現場に強い人になっていったと思います。
我々は現場を重視することで品質経営を徹底しています。品質管理は、お客様の価値の創造だと言われます。我々にとって品質管理はお客様の価値をつくることで、当社は、お客様の価値をつくることで社会に貢献していきたい。それを実現するのは、研究室や工場などの現場なのです。
もっとも、東レは素材メーカーです。素材が世の中に直接的に役に立つカタチもあれば、自動車や船舶、飛行機になることもある。その場合、機体の完成までは、素材から何段階ものステップがあります。
革新的な素材を商品化するだけでは、新たな市場を創り出すことはできません。併せて、お客様の製品の価値を飛躍的に高める提案力が必要になります。東レグループは、単に素材を納めるだけではなく、お客様とビジョンを共有した上で、お客様の課題に対するソリューションを提供しています。
――素材メーカーとして、コーポレートガバナンスはどのようにお考えでしょう。
出口:世の中の流れに乗っていないのかもしれませんが、当社は経営について社外の人の目に頼ることはしていません。というのも現場をわかった人たちが自分で責任を持って、会社の将来を考えていかなければいけないと思っているからです。
最近はコーポレートガバナンスとして社外役員をたくさん入れる企業が増えていますが、現場を知らない人が何か言えるのかという疑問もあります。
東レの事業をどうやって世の中の役に立つものにしていくかと考えたとき、現場を知らない社外の人でも、一つひとつの事業の業績がいいとか悪いとかの評価はできるでしょう。しかし、どの素材にどんな技術が役に立ち、結果として新しい価値を生んで社会貢献につながるのか、そこは現場を知り尽くしている人でなければ判断できません。
我々は、現場をよく見て、世の中に役に立つ商品を生み出すことで、利益もついてくると信じています。