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クオリティフォーラム2024 登壇者インタビュー

判断が難しくなる時代だからこそ、
組織に心理的安全性を

心理的安全性とエンゲージメントから始める
人的資本経営

株式会社ZENTech 代表取締役
チーフサイエンティストの
石井 遼介 氏 に聞く

聞き手:井上 邦彦(ライター)
石井 遼介 氏
石井 遼介 氏
株式会社ZENTech
代表取締役
チーフサイエンティスト
日本認知科学研究所理事。東京大学工学部卒業。シンガポール国立大学経営学修士(MBA)。心理的安全性の計測尺度・組織診断サーベイを開発するとともに、ビジネス領域、スポーツ領域で成果の出るチーム構築を推進。日本オリンピック委員会より委嘱され、2017年から日本オリンピック委員会医・科学スタッフも務めた。著書には、『心理的安全性のつくりかた』『心理的安全性をつくる言葉55』(監修)などがある。

1. 効果的な仕事ができるチーム・組織づくり

――代表を務めるZENTechゼンテクは心理的安全性を主軸として、さまざまな分野での組織・チームづくりを支援している企業です。東京大学の工学部を卒業後、心理的安全性の第一人者になられていったというのは、少々意外な感じもするのですが?
石井:大学で在籍していたのは精密機械工学の流れを組む、システム創成学科です。もともと中学、高校時代から物理学が好きで、理論や物理法則によるメカニズムに興味がありました。大学で主に学んだのはソフトウェア系の工学です。ただ私の場合友人との学生起業や、現在は上場している環境系ベンチャーでマネジャーを務めるなど、いくつかの出会いや経験が、今の仕事につながっていったといえます。
――石井さんがこれまで追い求めてこられたのは幸せなチームづくりであり、効果的な仕事ができるチーム・組織を増やすことですね。
石井:私が最終的に目指したいのは、実は組織やチームというより、私自身も含め「一人ひとりが情熱と才能を発揮し続けること」なんですね。逆説的ですが、個人が輝くためにこそ、所属するチームや組織といった活躍する環境に目を向けなければならないと考えるようになったのです。

組織・チームが重要であることを実感した個人的な体験は、前職で企画・提案した、東京オリンピック・パラリンピックの受賞メダルをつくる環境プロジェクト『都市鉱山からつくる! みんなのメダルプロジェクト』です。使用済みとなった携帯電話やパソコン・デジタルカメラ等の小型家電には金、銀、銅やレアメタル等が含まれ、“都市鉱山”と呼ばれています。それら金属資源を市民参加型で全国から集め、「東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会」で必要となった約5000個のメダルを作るというもの。官公庁や大企業とともに連携する、国民参加型プロジェクトに発展しました。結果的には、メダル製造に必要となる金属量の100%回収を達成しました。

一社でできるものではなく、最初の東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会への提案は3社合同で行いました。その会社の壁をも超えたプロジェクト・チームの中で、高い目標をもった心理的安全性の高いチームが、いかにイノベーティブな仕事づくりに繋がるかを実感したのです。

実際、このプロジェクトは最終的には携帯電話事業者に加え、小型家電事業者を含め50社以上が参画し、全国1621の地方自治体(全国市区町村の約90%)が参加し、79,000トンの小型家電と、620万台の携帯電話を回収し、オリンピック閉会式でも「オリンピック史上初の、100%リサイクルメダル」と語られたプロジェクトになりました。

2.人は消費、活用する資源ではない

――今回の講演の大きなテーマの一つは人的資本経営です。でも、日本のなかでその考え方がどこまで広まっているのか、どうもよく分からないのですが。
石井:人的資本開示が上場企業に義務付けられたところから、大手企業を中心に人的資本経営の考え方をさまざまな形で採り入れるところが増えているのは確かだと思います。一方で人的資本「開示」のみがフォーカスされ、女性管理職比率、有給や育休の取得率の開示のみにとどまり「人的資本」がそもそも、どのようなものであるか、その意味するところはまだまだ浸透していないと感じています。

国際機関のOECD(経済協力開発機構)では、人的資本を「Well-Being(幸せ)の創出に寄与する個々人にそなわった知識・スキル・能力・属性」と定義しています。また、その効果としては、個々人の幸せのみならず、社会的、経済的な幸せの創出にも寄与する、としています。
――あくまで個々人の知識・スキル・能力・属性が人的資本であり、未来への投資の対象という見方もできそうです。コストを掛けて消費、利用、配分する資源ではない、ということでもありますね。
石井:おっしゃる通りです。そもそも人的資本という概念は、1992年にノーベル経済学賞を受賞したアメリカの故ゲイリー・ベッカー教授が1964年に著した『Human Capital (人的資本)』によって知られるようになりました。ただし、この時、人的資本の投資の主体は国家であり、国が公的教育に投資をして、それによる社会全体へのリターンや効果を考察するものでした。
それが近年になってからは、投資の主体が国から企業へと拡張され、人的資本経営という言葉で関心を集めるようになってきたといえます。企業価値へ与える影響の大きさが、工場設備等の設備投資から、人的資本に大きくシフトしていることが背景です。

投資の主体には、国家と企業だけではなく、当然ながら個人もあります。ここ数年の間にリスキリング(学び直し)という考え方が急速に認知されるようになってきました。このリスキリングは個人によるものであると同時に、企業としてもさらなる成長の機会を従業員に提供し、後押しをするという意味での教育投資という捉え方もこれから増えていくように思います。
――日本でも2023年4月から企業の有価証券報告書において、人的資本に関する取り組み状況の記載をする情報開示の義務化がスタートしました。7分野19項目の情報開示が規定されているようですが、どのようにご覧になっていますか。
石井:人的資本情報の開示というのは、基本的には米国の動向の流れにならったものだといえます。ただし、その開示する中身や仕方については、厳格なルールがあるわけではありません。そのため多くの企業は人材育成や女性管理職比率、ダイバーシティの確保等々についてごく基本的なことに触れており、一部の先進的な企業のみが、見事な開示を行っている状況です。まだ開示も始まったばかりなので、多くの企業には様子見といった感じがあるのかもしれません。

なお、開示方法について厳格なルールがないといいましたが、それは必ずしも悪いことではないように私は受け止めています。それは、業種や企業によって追うべき指標は異なるであろうことや、時代が変わることでも追うべき指標が変わってくることが考えられるためです。厳格に項目を決め、開示を法的に強制するよりも、投資家の意向も勘案しながら、企業側が自主的、積極的に情報開示が進めていくことを期待しています。

3.誰でも気兼ねなく、率直に意見がいえる

――講演テーマのもう一つの柱となる心理的安全性も、アメリカの大学教授による研究が始まりだったと聞いています。
石井:もともとは人的資本という概念が提唱された時期にも近い1965年、エドガー・シャインらによって「組織の課題や挑戦に対して、安心して行動を変えることができる、組織の心理的安全性」という概念が打ち立てられました。日本で大きく注目されているのは2020年以降のことですが、半世紀以上の歴史を持つ研究テーマが心理的安全性なのです。

長い研究の歴史の中でも、1999年に、現在ハーバード大学で教授を務めるエイミー・C・エドモンドソン教授が組織全体ではなく「チームの心理的安全性」に着目し、研究が進みました。数多く引用されたその論文の中では、チームの心理的安全性を「チームの中で対人関係におけるリスクをとっても大丈夫だという、チームメンバーに共有される信念のこと」であると定義しています。
――その心理的安全性と人的資本経営との関係性はいかがですか。
石井:心理的安全性は、人的資本の土台だと考えるとわかりやすいでしょう。
上図の通り、心理的安全性が、①人材の定着や個々人の学習を含めて、人的資本を増強し、②またそのような優れた人材が適切にコラボレーションし、企業価値・財務価値の向上を促すのです。

実際、私たちZENTechが持つ「①話しやすさ、②助け合い、③挑戦、④新奇歓迎」という、日本版心理的安全性の4つの因子を計測できる組織診断サーベイ「SAFETY ZONE®」で行った1万人規模の調査結果があります。心理的安全性が高いチームの場合、そこで働く個々人のパフォーマンスが向上し、どの年代でも離職率が下がることが明らかになりました。この結果は日本経営行動科学学会でも報告しています。

ビジネスの実務でも、自動車産業を中心に、製造業の全社TQM大会等でも心理的安全性をテーマとした依頼をよく頂きます。心理的安全性について「人間関係にもあんどんを引くこと」だと表現してくださった経営陣のかたもいらっしゃいました。

4.チームの学習効果がもたらす人的資本の増強

――お話を伺っていると心理的安全性が大事な要素であるというのは、とても当たり前のようにも思えてきました。
石井:私もそう思います。仕事を前に進める上で、言うべきことも言えない心理的「非」安全な状態よりも、心理的安全性が確保された方が良い。多くの人が同意できる考え方でしょう。けれども実際にそれを実現することは簡単なことではありません。心理的安全性は、やる気がある善人を集めれば自然に生まれるものではなく、人為的に創り出していかなければならないものなのです。

たとえば、仕事上でミスをしたとき、多くの人は「黙って自分で処理をしておこう」と考えがちです。叱責が多いチームでは、報告そのものが減ってしまうケースが多くなります。さらには、叱責が多いわけではないチームでも、「上司の手を煩わせないためにも黙っておこう」と考え、報告しないこともあるでしょう。誰かに悪意があるわけではなく、自然発生的に心理的「非」安全が生まれることがあるということです。
――自分のことを考えても、そう思います。できれば表に出したくない。隠せるのなら、そのままにしておきたいと……。
石井:心理的安全性の高い職場であったら、ミスやトラブルが迅速に報告・相談され、大きな問題になるのを未然に防ぎやすくなります。また、そのミスをチーム内にフィードバックすることによって、こうすると失敗する可能性があるのだと仲間たちが理解していく。そのようなミスをしないためには、プロセスを見直せばいいと検討することもできる。結果として、チームの共有知が増えパフォーマンスも上がる。要するに、ミスをした本人もチームの仲間も、学習することができ、成長することもできるわけです。

心理的安全性の高いチームとは、決して「ミスや間違いのないチーム」ではありません。むしろ、間違えながらも改善や軌道修正をして、前に進むことができるチームなんです。誰もが組織・チームの中で、不都合な事実や情報を互いに共有し、チームの成功のために意見交換や疑問の確認ができるということですね。

5.ポイントは4つの因子=話・助・挑・新

――そうなると、やはり教えていただきたいのは、心理的安全性の高いチームをどうやってつくれるかですね。
石井:そのためには、日本版、心理的安全性の4因子「話助挑新」(わじょちょうしん):「話しやすさ」「助け合い」「挑戦」「新奇歓迎」がポイントです。特に「助け合い」はチームがチームであるためにも重要な要素です。助け合い因子が高いチームでは、問題やトラブル発生時に、誰かを責めるのではなく、建設的に対応します。例えば、何か問題を起こしてしまい、お客様が困っているとしましょう。つい「やらかした担当者を責める」という行動をとりがちなのですが、お客さまからみた景色ではどうでしょうか。おそらく「担当者を責めている暇があれば、この困り事を解決してほしい」というのが、お客さまの要望でしょう。
ですから、何かミスや問題が発生したときには、チームの意識が「では、どうする?」と、建設的な対応策を考える方にフォーカスができるかが重要です。

6.“VUCAの時代”となって 必要性はさらに増加

――近年になって、“VUCAブーカ”という言葉をしばしば見聞きするようになっています。Volatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)という4つの単語の頭文字から取ったこの言葉が盛んに使われるというのは、それだけ不安定さや不安感が増しているということでしょう。そんなVUCAの時代における心理的安全性については、どうお考えですか。
石井:そのような変化が激しく、先行きが不透明で複雑な時代、いわば「正解の無い時代」にこそ、心理的安全性のある組織・チームが重要だといえます。正解がある時代であれば、トップや管理職が指示命令をし、部下がそれを遂行していればよかったかもしれません。しかし、正解のない時代にあっては、実践しながら軌道修正をすることが重要で、そのためには上手くいったこと、上手くいかなかったことを現場のひとりひとりが声をあげ、議論のテーブルの上に載せられる心理的安全性が重要なのです。

トップや管理職・ベテランであっても分からないことが多いのが、いまの時代です。その中でも前に進むために必要なのが、チームの力を引き出すこと。上司と部下が自由に互いの意見を話し合える環境が大切なんです。多様な人材の多様な意見が議論に加わることで、思いもつかないような意外なアイデアが生まれ、成果に結び付くといったことも、よく聞きます。

このように心理的安全性を高める取り組みは、組織の中で人的資本を育み、またそのような人材が組織・チームとして協働しパフォーマンスを高めるために重要です。一度学び、一度取り組めば終わりというものではなく、土壌として耕し続けるつもりで、取り組んでいただくと良いのではないでしょうか。
――難しい状況、環境になればなるほど、人的資本や心理的安全性のことを重視しなければならないということが、よく分かりました。今という時代においてとても切実なお話を聞かせていただき、ありがとうございました。