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クオリティフォーラム2021 登壇者インタビュー

マツダ流「選択と集中」の極意

~一番ピンをみつけよ~

マツダ株式会社
シニアイノベーションフェローの
人見 光夫氏に聞く

聞き手:伊藤公一(ジャーナリスト)
井戸 伸和 氏
人見 光夫 氏
マツダ株式会社
シニアイノベーションフェロー
1979年 東洋工業(現マツダ株式会社)入社 エンジン開発部配属
1981年 技術研究所 エンジン研究部門
1994年 パワートレイン開発センター(現パワートレイン開発本部)移動
2000年 エンジン先行開発部部長
2010年 パワートレイン開発本部長
2011年 執行役員パワートレイン開発本部長
2014年 常務執行役員 技術研究所、パワートレイン開発、電気駆動開発担当
2019年 シニアイノベーションフェロー

1.これまでにない、非常に急激な動き

――自動車と、それを取り巻く環境をめぐる昨今の動きや変化をどのようにみますか。
人見:自動車の世界には長く関わっていますが、最近の動きはこれまでになく、非常に急激なものだと感じています。悲観論を唱えるつもりはありませんが、間違いなく厳しい時代になるとみています。
その一つに、いわゆる環境問題への対応があります。あからさまに言えば、これまでと違って、自らの国や地域のための利益誘導と環境政策がセットになってきます。
だから、実際に欧州や米国、中国など、人口が多くて需要という強い武器を持ったところがさまざまなルールを作ろうとしています。
――それに対して、日本は……。
人見:あくまでも私見ですが、わが国は製品の数は多いけれども、欧州や米国、中国などに比べると需要が少ない。
ですから、残念ながら、パワー不足であることは否めませんね。そう考えると、やはり、海外勢のペースで競争に引き込まれるのではないかとみています。

2.協力会社とは「一蓮托生」の関係に

――そうした認識を踏まえ、自動車製造業界の置かれた立場や果たすべき役割について、どのように考えますか。
人見:日本のCO2総排出量のうち、運輸部門が全体の約20%を占めています。ですから、地球温暖化対策を含めた環境対応は業界として看過できるはずがありません。要するに、やるしかない。
その際のマツダの立ち位置は2つあります。第一に、今申し上げたように、環境問題に対応すること。第二に、地場の協力会社と一緒に生き抜いていくということです。一緒に生き抜いていくことは当社に課せられた使命であり、責任でもあります。
地場の会社の中には内燃機関に関係の深い部品提供で生きているところが少なくありません。そういう会社が新たな動きに翻弄されず、今後の仕事に対応していけるようにもしていかねばなりません。
ですから、カーボンニュートラルを実現するために、一緒に手を携えていくことも当社の大切な役割だと思っています。
――ある意味で「協力会社ファースト」と言えると思います。その背景は。
人見:簡単に言えば、マツダが苦しい時代に地場の会社として助けてくれた歴史があります。いわば「一蓮托生」の関係なんです。
外部からやって来た新たな経営者が旧来のケイレツを排除する、といったドラスチックな手法はマツダではできません。地場の雇用を守るということが会社の基本方針であり、連綿と引き継がれているからです。
ですから「こんな時代だから知りません」とは絶対に言えない。突き放すこともありません。業界をめぐる状況は確かに厳しくなるものの、こういう緊密な関係性は今後も深めていく考えです。

3.無駄な金を使わぬ工夫に長けている

――数ある自動車製造会社の中で誇れる、マツダの持ち味はなんだと思いますか。
人見:自動車製造会社にはさまざまなタイプがあります。ヒト・モノ・カネを潤沢に使えるところ、グループ会社の力をうまく活用できるところ、コア技術を売り物にするところなどなどです。
その点、マツダは財務的に苦しい時代が長く続きました。だから、開発にも生産にも十分な資金を充てることができない。要するに贅沢ができない。しかし、今日まで生き抜いてきた。そういう底力はどこにも負けないと思っています。
マツダ車の開発、生産は「モデルベース開発」が基本になります。コンピュータをフル活用し、モデル上で開発、試作、検証すれば、開発サイクルを短縮できるからです。そのため、考えて、考えて、考え抜いた上でモノを作るという方針を徹底してきました。
しっかりと考えた上で確認するから試作も極力減らす。要するに、少ない人間でたくさんのことができるようにする。無駄な金を使わないでなんとかする。そういう工夫に長けていると思います。
生産技術や開発などの組織間の壁が低いのも強みでしょうね。他社では壁の高さが意思疎通の妨げになるといったような話を聞いたことがあるんですが、マツダには無縁です。
――壁はもともと低いのですか、なんらかの理由でだんだん低くなったのですか。
人見:後者でしょうね。かつては他社並みに高かった。ところが、潰れかかると、組織間の壁とかなんとか言っておれん。
そこで当時の副社長が開発から生産まで全部見るようになった。それを契機として壁が低くなってきたように思います。私が関わった「スカイアクティブ」エンジンの構想に乗り出したころです。この時に、設計段階から生産技術が入り込んできて(クルマを)造りやすいようにする連携体制を整えてきました。
生技が当初から関わることで組織間の無用な軋轢が起こりにくくなったのは利点です。これを一種の企業風土と呼ぶのであれば、現在も立派に引き継がれています。

4.一番ピンを当てれば他のピンも倒れる

――いわゆる「一番ピン」を見つけるマツダ流「選択と集中」の発想はどのような経緯で生まれたのですか。
人見:振り返ると、技術研究所にいた時の所長の考え方に感化されたようです。大変に厳しい方で「仕事の広がりを考えろ」としょっちゅう言われていました。その心は「開発や研究は一つの目的のためだけにするな。少しひねれば成果が3つにも4つにもなる。そのほうが生産性も上がる」ということです。
――それがいつの間にか、ご自身そのものの流儀になっていった。
人見:そうですね。「門前の小僧」です。例えば、同じ8時間の仕事をしても、最初の目的にちょっと作業を付け足せば、成果を倍にすることもできるわけです。つまり、一番ピンを狙えば他のピンも次々に倒せる。
ここに「一番ピン」という考え方の原点があるように思います。その後商品開発部門に移ってもその信念は変わりませんでした。
フォードとの関係が深まる中で、先行開発部門のエンジニアをほとんど取られた時、残された人たちは「一つの仕事でいくつもの成果を出そう」という意気込みを胸に秘めていました。
この時にも「課題は山積しているが、一番ピンを見つければ必ず対応できる」という思いを誰もが忘れずにいました。それがスカイアクティブの本格的な開発を促しました。
――確実にストライクが取れる、一番ピンの倒し方のコツはありますか。
人見:倒し方よりも並べ方が大切です。一番ピンの後ろに、自分でピンを並べるんです。研究に例えるなら、この研究の成果は、これとこれとこれに通じる、というふうに。
最初の段階はそういう考え方でやればいいと思うんです。課題に対してある施策を立てたら、それはこんなふうにも、あんなふうにも広がっていく。そういう並べ方に見当をつける作業をまずは試みることが大切です。

5.みんなが賛成する技術を追いかけるな

――仕事に臨む際の基本姿勢として常に心がけてきたのはどんなことですか。
人見:技術面にしても、その他の業務面にしても、それらの理想的な姿を描くことです。たびたび引き合いに出すスカイアクティブもそういうプロセスを経ています。これがゴールだ、という最終的な状態を描いてから進んだので、迷うことはありません。
揺るぎない理想像ですから、誰が考えようと、そこを目指すしかないんです。そのゴールに向かうために多少違う手段を選ぶことはあっても、ゴールはそこしかないんです。
――理想像をまず描き、それに向けて一番ピンを探すという進め方ですね。
人見:その通りです。加えて、いつも心を砕いてきたのは「みんなが賛成するような技術は決して大したものにはならない」という戒めです。
とはいえ、全員が反対するようなものは社長を動かしても形にするのは至難です。強いて言うなら「その技術をよく分かった人はそれを評価するが、ごく一般の評論家的な人は止めた方がいい」というくらいが望ましいのではないでしょうか。

6.エンジニアのプライドをかけたコンペ

――ご自身のキャリアの中で、これまでに直面した大きな苦難はなんでしたか。
人見:誰でも多かれ少なかれあるかもしれませんが、その渦中では頭を抱えていても、終わってしまうとなんでもなくなるという性分なので、改めて問われると戸惑いますね。
思い当たるのは、スカイアクティブを手がける際に、フォードと技術面でのコンペを命ぜられたことでしょうか。技術屋としては本当に受け入れがたい競い合いでした。
フォードが目指したのは、いわば「みんなが賛成する技術」です。われわれも向こうも自分たちが一番だと思っているわけです。
――エンジニア同士のプライドが火花を散らす。
人見:おっしゃる通りです。最終的にはマツダのスカイアクティブか、フォードの「世界中が目を向けていた技術」かを決着せねばならない。せっかく今まで一緒にやってきたんだから、別々の道を歩むよりも、いずれかに一本化したほうが得策。だから、それを両社の技術者同士で話し合えというわけです。
しかし、技術者は自分たちの技術が一番だと思っているから「負けました」という答はあり得ません。率直に言って、まったく、なんと無駄な作業を強いられるのかと思っていました。本当に嫌でしたね。
で、最終的には一つにまとまらず、それぞれの道を歩むことになりました。技術的にもコスト的にもスカイアクティブのほうが圧倒的に有利であったのは間違いありません。だから今日があります。

7.「走り」や「燃費」が競争軸ではなくなる

――これからの自動車業界はどう変わっていくと予測しますか。
人見:きつい言い方をすれば、環境対応やらEV化やら、世の中は自動車業界から内燃機関を締め出そうという流れが加速しています。欧米で顕著な動きですね。期限を切って取り組んでいるところもある。
時代は紛れもなくカーボンニュートラルの実現に向かっています。そうすると、これまでエンジンを開発したり改善したりする時の大きな目標であった「走り」や「燃費」が競争のテーマではなくなってしまいます。
モータの時代になると、内燃機関主流時代に追求してきたテーマはことごとく競争の軸ではなくなるということです。
加えて、従来の自動車産業とは無縁だったIT関連分野からの参入も相次いでいます。好むと好まざるとにかかわらず、クルマづくりの「重心」が移っていくとみています。
――IT業界の参入は従来のクルマづくりをどう変えるのでしょうか。
人見:例えば、ITによるエンターテインメント訴求などが新たな領域として求められてくると思います。私のように、自動車業界で長く育った人には苦手な分野です。だから、そういうことが得意な人を集めねばなりません。
われわれとIT業界とではビジネスの仕組みも違います。例えば、彼らは必要とする半導体の製造を自前ではなく専業に委ねます。販売に関しても、テスラはショールームさえ持たず、販売もインターネットでやり取りする。
つまり、工場や販売店がなくてもちゃんとビジネスが成り立つんです。われわれの世界では考えられません。つまり、これまでアセット(経営資源)だったものが負の資産になるかもしれないわけです。
ですから、それらをどう活用し、新しい価値をつけていくかが問われる時代になると思います。その意味で、旧来の自動車製造会社は苦悩するでしょうね。
――競争軸や重心が変わる時代に寄り添っていくための手立ては。
人見:先ほども触れましたが、ITを使ったエンタテインメントに合わせることがマツダは苦手です。では、どうするか。手っ取り早いのは、クルマというプラットフォームをマツダが提供する。そこを、アイデアを出せる人や企業に使っていただく。
マツダがすべてを自前で賄えるとは思っていませんから、マツダはエンタテインメントのためのスペースを提供する。結果的に、マツダのクルマには楽しいことが詰まっているというイメージを訴えていくことが一番じゃないかなと思っています。
結局、スマホのハードウエアメーカーとアプリを提供するソフトウエアメーカーとの関係のようなものです。

8.作る専業と考える専業の分化が進む

――国際市場で優位に立つための設計・開発面での重点はなんだとお考えですか。
人見:すでに申し上げたように、クルマづくりのフィールドが移るのは致し方ないと思います。とはいえ、ただ、指をくわえてそれを眺めるだけではなく、これまで培ってきたものをもう少しレベルアップするのを怠ってはいけないと考えています。それはどの自動車製造にも問われていると思います。
一方、作る専業と考える専業が分かれていくことで変化はさらに激しくなっていくともみています。その上で、これまでマツダが重ねてきた一括開発とかコモンアーキテクチャといったクルマづくりの良さを生かす。
元は同じでも変動部分を少し変えることでバリエーションを展開するという手法に磨きをかけていくことが大切だと思っています。
――聴講者へのメッセージがあればお聞かせください。
人見:業界の内外を問わず課題は山積しています。それを解決する手法の一つが一番ピンを見つけることです。そうすれば、金や人が足りなくても、なんとか対応できると思います。マツダはそうして乗り切ってきました。
結局、今やるべきことをきちんと整理して効率的にこなし、次につなげる人をいかにつくっていくかがカギを握っていると思います。