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クオリティフォーラム2024 登壇者インタビュー

品質不正・不祥事防止のために必要なこと

~そもそも不正を起こす必要のない仕組みと環境構築~

三菱電機株式会社
常務執行役 CPO、CQO
中井 良和 氏 に聞く

聞き手:赤穂 啓子(フリージャーナリスト)
中井 良和 氏
中井 良和 氏
三菱電機株式会社
常務執行役 CPO、CQO
1984年3月 電気通信大学電子工学科卒
1984年4月 日産自動車株式会社入社
2014年4月 同社 理事 トータルカスタマーサティスファクション本部 企画・管理部担当
2016年4月 同社 常務執行役員 トータルカスタマーサティスファクション本部 生産・市場品質、品質監査担当
2020年11月 日本電産株式会社 車載事業本部グローバル品質統括部長
2022年4月 三菱電機株式会社 常務執行役 CPO、CQO

1. 品質改革のトップに第三者を招へい

――品質不正問題に揺れるさなかの2022年4月に三菱電機に入社され、常務執行役 CPO(ものづくり担当)、CQO(品質改革推進本部長)に就任しました。入社の経緯を教えてください。
中井:私は当時、日産自動車から転職して日本電産に在職していました。三菱電機の品質不正問題については、報道を通じて知っていました。また公表された調査委員会による調査報告書にも目を通していました。それらの情報から、自分なりに「こういうことがあったのではないか」という漠然とした思いは持っていました。そんな時、ある方から「三菱電機で品質の責任者を募集しているので応募してみないか」と声をかけていただきました。最初はどうしようかと思いました。日産自動車時代に改革の大変さは身に染みていたので、躊躇する気持ちもありましたが、偶然にも新たに就任した三菱電機 漆間啓社長の新聞記事を読んで、漆間社長が会社の体質を変えようと覚悟している気持ちがよく分かりました。そういうこともあり、決意を固めました。
――実際に初めて漆間社長と会った時の印象はどうでしたか。
中井:「とにかく会社を変えたい」というメッセージを感じました。ものづくりを直さないと品質も良くならない。だからものづくり全体を見直す。そんな話をしました。他の会社でも品質に関する問題が起こっています。原因、根底にあるのは同じなのではないかと予想していました。三菱電機は日本のインフラを支える企業です。防衛関連事業も担っています。日本のものづくりを象徴する会社で、改革に取り組むことで、日本のものづくりそのものを立て直すというと言いすぎですが、そういう思いもありました。メディアは検査不正と言っていましたが、本当に問題が発覚した場所はもっと上流にあるのです。
――実際に入社して、社員の方々と接する中で受けられた印象はどのようなものだったでしょうか。
中井:最初の一週間は報告書に関連する情報の中身を全部読ませてもらいました。報告書としてまとめる前の各事業所から上がってきた生の情報一つひとつについてです。それを見て、やっぱりそうだと思いました。もちろん時間がかかるのは間違いないのですが、やれるとも思いました。

まずどこか一か所工場を見せてもらうことにし、変圧器を製造する工場に行きました。工場に着いて最初に思ったのは、作業環境がいいところだなということでした。工場内にエアコンがちゃんとありました。掲示板を見てもきっちりとしています。「なぜこのようなところで不正が起こったのだろう」と不思議でした。ところが、検査をする現場に行って感じるものがありました。計測器も使っている道具も古いものでした。古い道具だと測定精度が悪いため、一度で測定が終わらずとても大変なのです。また、測定には湿度や温度を一定にする必要がありますが、それを自動で調整できるようになっていないので、自分たちで調節をしなければなりません。現場の担当者に多大な負担がかかっていることは容易に想像できました。検査を担当する人が悪いわけではなく、環境がそうなっていたのです。働いている人は不正をしたくてやっているわけではないのに、せざるを得ないように追い込んでいる。その環境を取り除けば問題が起きないのです。その後他の工場も回りましたが、どの工場にも三菱電機が成長してきた軌跡がありました。他社がやっていない技術があり、先人が築いた技術がありました。だからこの会社は技術がなくて不正が起こったわけではない。でも技術者が自信を持って仕事ができる環境になっていない。だからそれを直していけばいいのだと、改革の方向性を見出しました。

2.改革への取り組み

――調査報告書では三菱電機全体で197件の不正が発生し、ある製作所の製品では、契約と異なる検査方法やデータの虚偽記載などが多発していました。
中井:ある製品では、全数検査を勝手に抜き取り調査にしていました。ただ、実際にその現場に行ってみると、製造工程そのものが、品質的にばらつきが起こりえないものでした。だから、もともと全数検査は不要だったのです。測定したらCpk(工程能力を表す生産管理の指標)が2でした。Cpkが1.33以上なら抜き取りでいい。これは教科書どおりの対応です。現場の人間は品質管理の原理原則に則ってやっていただけなのです。確かに顧客との契約は全数検査でした。本来なら、顧客に「Cpkが2ですから、抜き取り検査にします」と言いに行けばいい。それが、上にモノが言いづらい環境があり、長年にわたり不正が見過ごされることになっていったのです。

他の製作所においても試験で一部の部品を変更するなどしたサンプルを提出したり、試験装置の電圧を下げたりといったことが行われていました。これも、やってしまった本当の理由があるのです。試験官が来た時にもしNGが出れば、生産が止まってしまう。生産が止まれば、事業所のコストにはねかえる。さらに試験装置の銘板を見ると、昭和何年といった古くて特殊な装置を使っている。これで正しい測定が本当にできていたのかも疑問でした。会社に大きな損失が発生するような事態となっても会社は守ってくれず、逆に現場が怒られる。そうなれば口をつぐんでいた方がいいということになってしまうのです。人間は崖っぷちに立たされれば、逃げる。これは当たり前のことです。そこに追い込んだのは組織です。会社として崖までの距離を測り、崖に近づくことを未然に防ぐ仕組みが必要だと思いました。対策として、人員が不足する部門に適正な人の配置をし、計測装置も新しいものに更新をしています。
――会社として品質風土、組織風土、ガバナンスの3つの改革を掲げ取り組んでいます。進捗状況は。
中井:私が来る前に3つの改革は始まっていました。私は工場健康診断を全生産拠点に対して実施しました。調査報告書では多くの製作所で不正が発見されていましたが、中には全く起こっていない製作所もありました。そこではどういう運用がされ、現場と管理職でどういうコミュニケーションが行われていたのかなどについても調べました。これらを良好事例として共有し、全社に横展開することでものづくりの強化を図っていきます。また、品質基本理念も改定し、全従業員にメッセージカードを配布しました。漆間社長の「正直に考え、正直に報告し、全ての正直な行動が『品質の本質』です」というメッセージが記されています。縦割り、硬直的と批判された組織風土についても、双方向のコミュニケーションを徹底し、何か起こった時には管理職が現場に行って一緒に解決策を考えるといった管理職の行動変容を促し、上にモノが言える、失敗を許容する、課題解決に向けて皆で知恵を出し合える風土の醸成に取り組んでいます。私は普段から背広ではなく、作業服を着用しています。着任した時は作業服姿は少数でしたが、現在は本社でも作業服姿の人を見かけるようになりました。こうしたことも、現場と本社の意識を近づけることにつながっているのではと思っています。

3つの改革の中で私自身が付け加えたのは「未然防止」でした。不正を起こす要因を全部排除しておけば不正は起きないという考え方です。例えば、設計部門に新しい設計デザインレビューの手法を導入しました。「Quick DR」というものです。検査の不正の根源は上流の設計に課題があると言われていました。それは設計者がダメだということではなく、設計のやり方に課題があったのです。設計変更を行う時に、自動車でいうフルモデルチェンジのような場合よりも、一部を変更する時にこそ、不具合が発生する割合が高いことが分かっています。ねじの締め方だったり、接着の仕方だったり、大抵は既存技術で失敗しているのです。Quick DRは機能の視点から変更点を考えることで、設計変更に起因する問題を発見する未然防止手法です。これを導入することで設計の手間や時間を大幅に減らすことができるようになります。例えば、ある製品でデザインレビューの資料が机に乗り切れないほどになっていました。それをQuick DRを入れることで半分以下にすることができました。設計者は「本当にこれだけでいいのですか」とびっくりしていました。また、業務負担量を可視化して、リソースを適正に投入するようにしました。人を増やすということもありますが、他の工場と作業を分担したり、関連会社に業務委託をしたりするなどさまざまなやり方があります。課題を掘り出して対策を講じればリソースを最適化できます。そういうことをしていくことで不正を起こす環境を排除していくのです。この他にも、データ入力や条件調整など付加価値の低い作業はデジタル技術で自働化し、人は付加価値の高い仕事として解析、対策検討、標準化に注力できる環境にしたり、生成AIを活用して技術資産検索システムを構 築したり、過去の設計事例を生かして業務の効率化と技術伝承を図ったりすることも進めています。

3つの改革、各方策の進捗は概ね順調ですが、有事だから人の言うことを聞いていても、本当に腹落ちしていないと続かないものです。1年目は未然防止の方策を講じて、2年目はその方策を実行することをしてきました。いろいろな事業があり、縦割りのサイロ組織になっていました。横の連携や人のローテーションも少ない状況でした。このまま方策を講じても難しいので、特定の現場でやってみて成功体験を積んでいきました。今はそれを他の製作所に展開するタイミングだと思っています。

3.風化させない取り組み

――今回の問題を風化させないために、どのようなことに取り組んでいますか。「全社品質の日」を設けていますね。
中井:7月2日を「全社品質の日」としています。これまでに、不正発生時に顧客と対応した担当者が、顧客から厳しい指摘をされたことを動画にして配信したり、品質不適切行為の現物展示を各事業所に巡回形式で展示したりといった活動をしてきました。ただ、私はこうしたイベントだけでは防ぐことは難しいと思っています。プロセスそのものを作り上げていくことが重要です。例えばおいしいラーメンをつくるレシピがあったとします。そのおいしいラーメンを毎日100杯作り続けるには、作るためのプロセスが必要です。どういう手順で、温度を何度にしてというものです。これを標準化と呼びますが、標準化することで、誰でも同じ品質のものを作ることができるのです。

プロセスは一つあればいいというものではありません。今日は材料がいつものところから入手できないなど、工程に異常が起こっていることを見えるようにするとか。超優秀な社員なら見抜けるようなことを、誰もが分かるようにするには、プロセスの中の異常を見えるようにしておかないといけない。いわゆるTQMの話になっていくわけです。レシピを作って、プロセスにあてはめてそれを見えるようにするKPIを作っていく。当社はまだそこまではできていません。これから作り上げていきたいと思っています。
――大企業で品質不正が頻出する事態をどう考えていますか。
中井:プロセスの考え方を今の時代に合ったものにしていかなければならないのではないでしょうか。足元では円安ですが、日本の製造業は円高に苦しめられてきました。かつてなら中国やアジアで安かろう・悪かろうだったものが、今では安くて良いものができるようになっています。また、働き方改革の進展で昔のように無理をすることも難しくなっています。古いプロセスではなく、今の時代に合ったプロセスに作り変えることが必要です。競争力を維持するためには、短期間で新しい製品を投入していけるものづくりをどうやって進めていくか。日本の製造業が直面する課題だと思っています。