インタビュー

更地からのイノベーション

ダイハツ工業 エグゼクティブ・アドバイザーの魚井和樹氏に聞く(1)

(聞き手:ジャーナリスト 伊藤 公一氏)

魚井 和樹(うおい かずき)

ダイハツ工業エグゼクティブ・アドバイザー。
1968年ダイハツ工業に入社。技術部門、品質保証部門、生産部門での業務経験を経て 2001年 取締役となり池田・京都・滋賀の工場長兼務の後、2005年 常務取締役として生産部門を管掌。 2006年 ダイハツ九州 取締役副社長に就任後、社長、会長を歴任し、2016年ダイハツ工業に 特別顧問として帰任、2018年から現職。
――エグゼクティブ・アドバイザーという肩書は貴社始まって以来だと伺いました。
魚井:1968年の入社以来、さまざまな部署を渡り歩いてきました。中でも、2006年から10年間仕事をしたダイハツ九州の思い出はひとしおです。在任中の07年、大分県中津市に第2工場を造り、08年、久留米市にエンジン工場を立ち上げました。後で触れますが、素人同然の人たちの集まりであった会社が曲がりなりにも恥ずかしくないクルマを造り、社会的にも認められるようになったのは、現場の人たちがひたむきに頑張ったからです。
 副社長で赴任したダイハツ九州では社長、会長、相談役を務めました。古希を迎えた16年に引退するつもりでいたら、本社特別顧問の席が用意されていました。振り返れば、これまで携わってきた車体やユニット、関連工場には言い尽くせないほど世話になっています。そこで、入社以来の恩返しをする意味で名刺に「エグゼクティブ・アドバイザー」と刷り込みました。クルマ造りだけでなく、人生経験を含めたさまざまな蓄えを還元しようというわけです。いわば、よろず承り係です。
――「更地からの」という断り書きは文字通り、何もない場所で取り組んだという意味ですか。
魚井:ダイハツ九州は群馬県前橋市から車両工場を移転する形で04年に発足しました。しかし、前橋時代に比べると品質も生産性も悪化し、挽回生産に追われ、負の連鎖に陥っていました。原因は明快でした。従業員のほとんどがクルマ造りを知らない素人集団だったからです。約90%が現地採用なので致し方ないけれども、職場力は確実に低下しました。
 そこで「更地からのイノベーション」と銘打った活動に取り組みました。おっしゃるように、すでに素地があり、実績を重ねてきた業務を改善したり、改革したりするのではなく、まったく何もないところに手を着けるので「更地からの」としたわけです。

■「教える」のではなく「教え続ける」

――活動はどのように進められましたか。
魚井:トップである私が常に「上がりの姿」を明確に示し、熱く語り続けました。ただそれだけ。来る日も来る日も、同じことを繰り返しました。言葉は悪いが、当時の相手は素人です。素人にプロと同じことを求めてもできるはずがありません。高校野球の選手にイチローと同じ結果を望むのは無謀です。だから、素人に分かるように、噛んで含めるように、時には自らがやり方を示して、丁寧に教えました。人の能力にそうそう大きな差はありません。きちんと教えれば必ずできるようになります。教えないで、結果を出せというのが無理なのです。
――未経験者に物事を教えるときの要点はなんですか。
魚井:一人ひとりに愛情を注ぐことです。それはクルマ造りにも通じます。クルマ造りに携わる一人ひとりが額に汗して精魂を込めることが大切です。そういう気持ちがこもっていないクルマは不思議と、お客様に見破られます。だから、手を抜けない。手を抜けないようにするには愛情をもって接することです。相手はほとんどが新人ですから「これをやっとけ」と口だけで指示してもうまくいくはずがありません。
 ましてや、ほったらかしでは前に進まない。大切なのは、親が子供を育むように上に立つ者が教えることです。しかも1回だけではだめ。1回で済めば世話はありません。繰り返しになりますが、毎日毎日続けることです。「教える」のではなく「教え続ける」のです。

■ダイハツ工業からの自立化や自前化を促した(受動的ではなく能動的に考えて行動)

――「更地からの」を受ける「イノベーション」にはどう取り組みましたか。
魚井:低下した「職場力」を引き上げるために、SSC活動を推し進めました。SSCとは、Simple Slim Compactの頭文字をつづったもので、要するに生産設備と生産の仕組みをコンパクト化するという考え方です。この活動をハード(生産設備)、ソフト(スタッフ業務)の両面で同時並行的に進めました。活動を進める背景には「従来の発想では通用しない」という猛烈な危機感があります。
 そこで、利益を出すために、ハード面では「半分の面積と半分の投資で同じ生産能力を確保する」ことに挑みました。例えば、07年に新設した中津市の第2工場は第1工場の半分の面積と半分の投資額で臨みました。しかし、生産能力は同等の23万台です。工場内も随所にSSCの考え方を注ぎました。例えば、搬送ラインを縦置きの直線輸送から横置きのサイドウェイ輸送に改めました。この見直しで2260mのラインは約半分の1197mになりました。プロセス間距離の短縮や治具レス、輸送機器の最小化などにも工夫を凝らした。活動は職場力を高めただけでなく、本体からの自立化や自前化を促した点で大きな成果があったと思います。

■考え方のベクトル合わせは上位職の仕事

――ソフト面ではどのようなことに注意を払いましたか。
魚井:「事実はフィールド(現場)にしかない」という考えで、業務のSSC活動にも力を入れました。現場というと、ものづくりの設備や工程を思い浮かべがちです。しかし、経理も総務も海外拠点もすべて現場です。それぞれに固有の課題があるはずです。そこで、特に業務では、マネジメント、コミュニケーション、人へのアクセス、それぞれの密度を上げることに努めました。それらは距離感やスピード感を高めることにつながるからです。結果的に、業務のSSC化は品質や生産性ばかりでなく、職場力全般を高めるのに大いに役立ったと思います。
――現場に比べて、スタッフの生産性を高めるのは難しいと言われますが。
魚井:スタッフの自工程完結がうまく機能していないからです。例えば、社内における報告は普通、一般社員⇒係長⇒課長⇒部長という流れで上げられます。一方、これとは逆の流れで部長から一般社員まで、やり直しが命ぜられます。報告書は「テニヲハ」ではなく、「考え方のベクトルが合っているか?」が大切です。それこそが上位職が予め、部下と共有しておくべきことだと思います。
 ですから、「上がりの姿を明確にせよ、Doの一歩手前まで上の者は下へ伝えられるか?常に自問自答せよ」と言い続けております。