ブックタイトル品質管理シンポジウム第100回記念史

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概要

品質管理シンポジウム第100回記念史

QCSの思い出公益財団法人日本適合性認定協会理事長久米均1962年7月、日科技連の小柳賢一専務理事は数学計画シンポジウム(通称MPS)を立ち上げた。これは当時欧米から導入された新しい数学計画の手法の啓蒙と普及を図ろうとしたもので、九州大学の北川先生、東工大の國澤先生、それから東大の森口先生が組織委員に就任された。第1回は動的計画法その応用、待ち行列理論、LPの展望などについて、トップクラスの数学者約50名が参加、開業間もない箱根のホテル小涌園で講演、討議が行われた。筆者は当時大学院の学生であったが、それに参加させて頂く幸運に恵まれた。水野先生、石川先生など品質管理の分野からも何人か参加されていた。休憩時間に、水野先生から、こういうシンポジウムを品質管理の方でもやりたいですねというお話があり、1965年に第1回日科技連品質管理シンポジウム(QCS)が同じホテル小涌園で開かれた。MPSの方は年1回開催であったが、QCSは年2回で、今年で100回を迎えるとのことで、心からお祝いを申し上げたい。以来、筆者はQCSに時々参加させて頂いた。1997年、このシンポジウムでトヨタ自動車の関谷専務にお会いした。関谷さんは、筆者にこのシンポジウムの組織委員をやるべきだといわれた。筆者は当時ISO 9000関連の仕事に忙殺されていたので、これ以上仕事を増やしたくないと思ったのであるが、別れ際に「やらなければ駄目ですよ」と念を押されたので、日科技連の仕事を関谷さんに言われて引き受けるのも妙なものだなと思いながら、他ならぬ関谷さんのご要請なのでお引き受けした。幸い他の強力な組織委員(佐々木日本電気会長、髙橋デンソー会長、細谷品質管理総合研究所長、前田前田建設会長)のご支援を得てこのお役目をどうにか全うすることができた。当時のきまりでは、組織委員は主担当を2回引き受けることになっていた。筆者は第66回(1998年)の主担当をお引き受けして、「ISO 9000規格による品質管理」を取上げた。わが国ではISO 9000規格による品質システム認証制度に対する取組があまり活発でなく、これを促進するための手立てを考えていたのであるが、日科技連QCSでISO 9000の議論ができれば、少し風向きが変わるのではないかと期待したのである。アメリカからモトローラ社の品質マネジメント担当副社長のD.J.ミスジンスキーさんが来て同社のISO規格の取組状況を紹介してくれた。これまで企業の現場で品質管理を推進してきた人たちとISO 9000規格策定に努力してきた人たちの間で意見交換が行われたことはシンポジウムとして意義のあることであったと思われた。第71回(2000年)の主担当では、デミング賞創設50周年記念として「経営革新における品質賞の役割」を取り上げた。デミング賞受賞後の品質管理をどう進めるかについて忌憚のない意見交換ができれば42品質管理シンポジウム第100回記念史(50周年)~新たな50年に向けて~